吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

I'll Close My Eyes の30小節目

うしろから3小節目です。

29-30小節目は、31小節目のトニック・メジャーに向かう何の変哲もない IIm7-V7 だ、と片付けてしまうことは簡単です。

ところが、テーマをあらためてじっくり聴いてみると、2分音符のメロディ(階名「レミ」)に対して効果的なコードをつけているケースも少なくないことがわかります。

  • 1957年、Dinah Washington/The Swingin' Miss D:IIm7(♭5)/V-V7
  • 1957年、Kenny Burrell/2 Guitars:V7
  • 1958年、Sarah Vaughan:IIm7/V-V7
  • 1960年、Blue Mitchell/Blue's Mood:テーマは♭VI7-V7、ソロはV7
  • 1965年、Jimmy Smith/Organ Grinder Swing:1コーラス目はIIm7/V-V7、2コーラス目はカデンツァのため参考にならず。
  • 1995年、Keith Jarrett at the Blue Note: The Complete Recordings:基本的にV7
  • 1996年、Doug Raney/I'll Close My Eyes:テーマは♭VI7-V7、ソロはV7

特に、ブルー・ミッチェルやダグ・レイニーの録音は、全体としてみれば特に凝ったアレンジもない、とてもリラックスしたコンボによる演奏で、ソロ中は、29-30小節目を大きなトゥ・ファイブで演奏しています。

ところが、前後のテーマでは決まって ♭VI7-V7 で演奏しています。

私は、ジャズのとてもルーズなところ、ラフなところ、よい意味で「いい加減」(加減がよい)ところに魅力を感じ、そして憧れてきました。私が是とするオープン・マインドな価値観、自由な精神にも通じるからです。

しかし、オープン・マインドや自由な精神は、自分勝手と全く異なるものです。奏者同士、あるいはお客さんやお店に敬意を払うことはもちろん、作曲者や作品へのリスペクトもとても大切だと考えます。もし、いい加減な解釈で演奏したのを、当の作曲者が耳にしたらがっかりしたり、不快に思ったり、ひょっとしたら怒り出すことさえあるかもしれません。

ブルー・ミッチェルやダグ・レイニーの演奏を聴くと、とても曲やメロディを大切に演奏していることが伝わってきます。もちろん、この箇所をV7で演奏している録音がいけないといっているわけではありません。

それぞれのミュージシャンがこのように様々な演奏の可能性を追究しているからこそ、ジャズに奥ゆかしい魅力があるのだと私は考えるのです。そして、何気ない演奏のこのような工夫に気づき、なんとなくその奏者の誠実な人柄にふと触れたようなあたたかさを感じることは、とても楽しいことです。