吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Lover Man の16小節目

AABA形式の、2回目のAの最後の小節、すなわち、ブリッジの直前です。

この曲は(すなわち、セクションAは)、マイナー・キーのトニックで始まって平行調関係にあるトニック・メジャーで終わります。以下、便宜上、メジャー・キー側のトニックを I として表記します。

さて、セクションBの冒頭は特に奇抜なリハーモナイズをしない限り、IIIm7から始まります。これが機能的に何かという話はまた別の機会に譲りますが、16小節目後半2拍は、この IIIm7 へのトゥ・ファイブすなわち、♯IVm7(♭5)-VII7 あるいは、♯IVm7-VII7 として演奏しがちです。実際そのように書いてある譜面もあることでしょう。

ところが、私の記憶ではそのように演奏している例は必ずしも多くはないように思いました。あらためて調べてみることにしましょう。

  • 1944年、Billie Holiday(Decca盤):Imaj7
  • 1946年、Charlie Parker(Dial盤):Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1949年、Django Reinghardt/Djangology:Imaj7-VII7
  • 1953年、Lee Konitz Plays with the Gerry Mulligan Quartet:Imaj7
  • 1954年、Stan Kenton:やや曖昧だが Imaj7
  • 1954年、J. J. Johnson/The Eminent Vol. 1:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1957年、Cannonball Adderley/Enroute:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1957年、Sarah Vaughan/Swingin' Easy:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1962年、Count Basie/Sarah Vaughan:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1963年、Sonny Stitt-Coleman Hawkins/Sonny meets Hawk!:前テーマは曖昧だが、次のコーラス以降を聞けば Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7 であることは明白(ただし、ポール・ブレイがセクションAを1回飛ばしててぐちゃぐちゃになっている。これはこれで面白い)。
  • 1969年、Bill Evans-Jeremy Steig/What's New:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1975 年、Duke Jordan/Lover Man:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1982年、Art Pepper-George Cables/Goin' Home:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1985年、Cedar Walton/The Trio Vol. 1:Imaj7 ♯Idim7 IIm7 ♯IIdim7

いろいろ聴いてみましたが、ジャンゴ・ラインハルトの録音を除いて、♯IVm7(♭5)-VII7やそれに類する録音を見つけることはできませんでした。

この曲の場合、オリジナルのコード進行がそうなっているのか、それとも、何かの録音の影響なのか、そのあたりはよくわかりませんでした。ただ、少なくともジャズにおいては3拍目から、IIm7-♯IIdim7 とするのが定番となっていることは明らかなようです。

もちろん理論的には、いわゆるトゥ・ファイブにしても問題ありません。ただし、この場合、「トゥ」をマイナー・セブンス・コードにすると面白い効果が期待できますが、演奏の仕方によっては、1拍目からのびているメロディの音(階名「ド」)とコード・トーンが衝突するのが気になるかもしれないので、留意が必要です。

さて、3拍目以降のIIm7-♯IIdim7はどのように考えたらよいのでしょうか。

17小節目冒頭のIIIm7を転調先のトニック・マイナーとするならば、16小節目3拍目以降は ♭VIIm7 VIIdim7と表記することができます。VII7dim7 は、実質的にV7(♭9)/VII と考えることができるので、これはドミナント代理でしょう。

問題は、♭VIIm7 です。マイナー・キーにこのようなダイアトニック・コードは存在しません。したがって、このコードは、転調前のIIm7と考えることが自然でしょう。よって私は、4拍目について、転調前のトニック・ディミニッシュと転調先のドミナント代理のピボット・コードと解釈しました。解釈によっては、17小節目冒頭のコードも、転調前のIIIm7と転調先のIm7と理解することができるのではないかとも思います(やや、やり過ぎな気もしますが)。

なお、17小節目の冒頭は、転調先のIm7ではなく、19小節目冒頭のメジャー・コードをImaj7と考えてIIm7という解釈する見方もあるでしょう。ここは感じ方の問題で、判断がわかれるかも知れないですね。

皆さんはどのようにお考えでしょうか。