吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

All The Things You Are の1小節目

All The Things You Are のキーを伝えるとき、例えば「Cマイナーで。」と伝えたら、「あの曲はメジャーで終わるから、マイナー・キー(短調)ではなくメジャー・キー(長調)の曲だ。だから、『E♭で』と言いなさい」といわれている現場に遭遇したことがあります。ほんとうかなあ。

例えば、マイナー・キーで始まって平行調のメジャー・キーで終わる曲は結構あって、ちょっと思いつくだけでも、Fly Me To The Moon、From This Moment On、I Hear A Rhapsody、It's All Right With Me、Lover Man、Lullaby Of Birdland、You'd Be So Nice To Come Home Toとたくさんありますね。その逆のメジャーで始まってマイナーだと、そんなに数は多くなさそうですが、Come Rain Or Come Shine とか、トニックで始まらなくても良いならAutumn Leavesなんかが該当しますかね。

All The Things You Are にしても、Fly Me To The Moon にしても、その他の曲にしても、冒頭のマイナー・コードは、私はトニック・マイナーだと思います。だから、キーを指定するときは、メジャー側で言ってもマイナー側で言ってもよくて、冒頭の指摘はあたらない、と考えています。

そこで、今回はその根拠を示したいと思います。

例えば、1953年の実況盤 Jazz At Massey Hall(ディジー・ガレスピーチャーリー・パーカーバド・パウエルチャールズ・ミンガスマックス・ローチ)の演奏をきいてみましょう。キーはFm/A♭です。

テーマ直後のパーカーのソロ冒頭、パウエルはFmmaj7-Fm6のように弾いています(25小節目もそのように弾いている)。

パーカーが2コーラス、ソロをして、次のガレスピーのソロの冒頭(3:07頃)も同様にFmmaj7のように弾いています。

マイナー・セブンス・コードがさまざまなところで使われるのに対して、マイナー・メジャー・セブンス・コードが使われる箇所はかなり限られています。

このほか、主にトニック・マイナーと2度で動くような場合(Nica's DreamやChelsea Bridgeの冒頭)などもありますが、少なく見積もっても8割以上は上記3つでしょうか。

さらに、上記のクリシェのような場合や一時的な転調を除いて、メジャー・キーの2度、3度、6度のマイナー・コードが、IImmaj7、IIImmaj7、VImmaj7となることはないはずです。

6度に関していえば、これは主に、トニック・メジャー代理、サブドミナント・メジャー代理の2つのケースが考えられますが、例えば、「イチ・ロク・ニ・ゴ」で知られるImaj7-VIm7-IIm7-V7の「ロク」がVImmaj7で演奏されることはありません。また、Polka Dots And Moonbeams の 5小節目のような、VIm7-IVm6-Imaj7のような進行におけるVIm7は、サブドミナント・メジャー代理と考えられますが(つまり、IVmaj7-IVm6-Imaj7の変化したものとみなせる)、これもふつうVImmaj7のようなことはしません。

ところが、All The Things You Areの冒頭のコードは、マイナー・セブンス・コードで演奏することも、また、マイナー・メジャー・セブンス・コードで演奏することもできます。これはすなわち、冒頭のコードが、メジャー・キーのVImではなく、マイナー・キーのImであることを示しているからだと考えます。

つまり、この曲の冒頭2小節は、マイナー・キーのトニック・マイナー-サブドミナント・マイナーという進行で、2小節目がメジャー・キー側からみて「トゥ・ファイブ・ワン」のトゥのピボットになっていると考えれば明快に理解できるはずです。

Fm B♭m7 E♭7 A♭maj7
Fm: Im VIm7
A♭: IIm7 V7 Imaj7

これ以外のコード進行もあるでしょうけれども、大枠は一緒です。

したがって、この曲の冒頭はメジャー・キーのVImではなく、トニック・マイナーImであり、また、キーは、メジャー・キーで指示しても、マイナー・キーで指示しても、どちらでも構わないという理解でよろしいのではないかと思います。