吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Invitation の1-2小節目

一般に、トニック・マイナーのときのスケールは、

の3つだと私は整理しています。このほか、例外的にハーモニック・マイナー・スケールの場合があるかもしれないのとやや民族音楽的な楽曲ではほかのスケールが使われるかもしれませんが、99%以上は、上の3つのいずれかであると考えることができると思います。

民族音楽的なスケールは網羅できない上に、そのようなケースはジャズ・オリジナルを含めても絶対数が少ないといえます。したがって、上記3つにハーモニック・マイナー・スケールを加えても、原則として、トニック・マイナーにおけるスケールの5番目の音までは1-2-♭3-4-5と共通しているとみなしてほぼ差し支えないでしょう。

さて、トニック・マイナーに関してドリアンを使うことには根強い否定的な意見がある、という話を聞きます(ウラを取ったわけではありませんが、○リー・○リス先生が嫌ったとか? 本当でしょうか。個人的にはにわかに信じがたいですが)。確かに、Im7に対して、安易にドリアンを使うべきではないという意見に私も賛成です。

ここで、マイナー・セブンス・コードに対応するスケールを整理してみましょうか。次の3つをあげることができます。

  • エオリアン(メジャー・キーのVIm7は原則としてこれ。マイナー・キーのIm7の多く)
  • フリジアン(メジャー・キーのIIIm7は原則としてこれ。マイナー・キーのVm7の大半)
  • ドリアン(上記以外)

といったところだと思います。

特に、メジャー・キーにおいて、VIm7やIIIm7はトニック・メジャー代理なので、原則としてキーに対応するメジャー・スケールを並び替えたもの(VIm7に対するエオリアン、IIIm7に対するフリジアン)がそのまま対応するキーのスケールになると考えるとわかりやすいでしょう。

また、以上より、トニック・マイナーがマイナー・セブンス・コードIm7であるとき、原則エオリアンを使うという主張は正しいと思います。ただし、原則には例外があって、ドリアンを使うことも認められると私は考えます。

今回はこのことについて説明したいと思います。

Invitationの1-2小節目のメロディは、階名で「シドシファ♯ミソファ♯ミラシ」となります。ええと、自分でも何を書いているかわからなくなりそうなので、キーをCmとした場合の音名で書くと、D-E♭-D-A-G-B♭-A-G-C-Dとなりますね。

さらにこれを並び替えてスケールにすると、C-D-E♭-(F)-G-A-B♭となります。F某の音は使われていませんから括弧にいれました。しかし、トニック・マイナーで使われるスケールは、民族音楽的なものを除けばすべて4度の音は完全4度ですから、Fと考えてよいと思います。

すると、このスケールは、ドリアンです。

バ○ー・ハ○ス先生が、トニック・マイナーでドリアンはけしからん、と言ったとしたら、この曲のこの部分についてどのような見解をお持ちなのか尋ねてみたいです。もちろん私は、先ほども「にわかに信じがたい」と書いたように、かの先生がそのような見解をお持ちだとは信じていませんけれども。

ちなみに、この曲の作曲者はBronisław Kaper(ポーランド語読みだとブロニスワフ・カペル。łの文字、好き♥)。ワルシャワやベルリンで音楽を学び、ナチス政権を逃れてアメリカに渡ってきた人。ナチスソ連を逃れてきた音楽家が20世紀のアメリカ音楽に大きな影響を与えていることは興味深いけれども、ここで深追いはしません。

さて、少なくとも20世紀のクラシックを含む西洋音楽において、トニック・マイナーでドリアンが使われることがあるということであれば、Cmaj7-Cm7-F7-B♭maj7のような、全音下への転調がピボット・コードを使って説明することができます(この進行は、How High The Moon冒頭、CherokeeやLover Manのブリッジ、Tune Upなど、多くみられますよね!)。すなわち、

Cmaj7→Cm7
トニック・メジャーImaj7→トニック・マイナーIm7。同主調への転調
Cm7
Cm: Im7と転調先B♭: IIm7のピボット
F7
B♭: V7だが、Cm: トニック・マイナー代理のIV7と考えることもできる。やや考え過ぎとは思うけど。
B♭maj7
B♭: トニック・メジャー。

ということになります。

ちなみに、転調する曲のアナリシスの方法として、私は次のような書き方を提唱しています。

Cmaj7 Cmaj7 Cm7 F7 B♭maj7
C, Cm: Imaj7 Imaj7 Im7 (IV7=Im7代理)
B♭: IIm7 V7 Imaj7

さて、Invitationの冒頭9小節のコード進行は、曲全体のキーをCmとするなら、Cm - F7 - B♭7- E♭m となっています。もちろん小節数は無視しています。

F7-B♭7の解釈は、2通りあると考えます。一番シンプルなのは、E♭mに対する、II7(ダブル・ドミナント)とV7(ドミナント)という解釈でしょうか。よって、この解釈ではCm7は、Cマイナー・キーのトニック・マイナーIm7と、E♭マイナー・キーのダブル・ドミナントII7の関係コードIVm7ということになるでしょう。

ただ、私は少し異なる解釈を提案したいと思います。

まず、B♭7は、ブルージーなトニック(一部の人は、I7BLという表記を提案している)かつ、E♭マイナー・キーのドミナントV7のピボットと考えます。

したがって、Cm7-F7は、B♭メジャー・キーのトゥ・ファイブで(ただし、解決先がブルージーなトニックI7BL)、このうち、Cm7は、Cマイナー・キーのトニック・マイナーIm7とのピボット(ピボット色が濃くなるのは5小節目くらいからか? なんだよピボット色って)、ということになります。

Cm7 Cm7 Cm7 Cm7 Cm7 F7 B♭7 E♭m7
Cm: Im7 Im7 Im7 Im7 Im7 (IV7=Im7代理) E♭m: V7 Im7
B♭: IIm7 V7 I7BL

このような解釈のほうが、ハーモニック・リズムとの関連から、より直感的だと思うのですがどうでしょう。やっぱり、単に面倒くさいだけかなあ。

しかし、このような考え方をすることで「Im7=転調先のメジャー・キーのIIm7」というピボットのときはドリアンになりやすい、という定理(?)が導かれるのだと思うのですがどうでしょう。メジャー・キーのIIm7はドリアンですからね。