吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Catwalk の1-2小節目

あまり演奏しない曲なのでタイトルをみてもピンとこない方も少なくないかと思いますが、有名なマル・ウォルドロンのアルバム Left Alone (1960年)の2曲目です。

何年か前になりますが、この曲を久しぶりに聴いたとき冒頭2小節の進行について気づいたことがあったので、それを記事にしてみようと思います。

キーはDマイナーで冒頭は、Im7-♭VImaj7 | II7-V7 | です。ピアノが必ずしもコードを明確に弾いていないのですが、この曲はAABA形式であって、ソロもたっぷりやってくれているので、それぞれのAセクションの冒頭2小節を、ピアノのコンピング、ベースライン、ソロラインなどを聞いて判断するとこのようになると考えてよいでしょう。

これ、マイナー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ」なのですが、少し珍しいと思いませんか。

まず、メジャー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ」から復習してみましょうか。

私の理解では、メジャー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ・イチ」は、Imaj7-V7-Imaj7 が変化したものだと考えます。

  1. Imaj7 | V7 | Imaj7 |トニック・メジャー-ドミナント・トニック・メジャー)
  2. Imaj7 | IIm7-V7 | Imaj7 |(V7が、(狭義の)「トゥ・ファイブ」に変化)
  3. Imaj7-VIm7| IIm7-V7 | Imaj7 | (冒頭のImaj7 の後半がトニック・メジャー代理のVIm7に変化)

この後、VIm7がVI7に変化したり、あるいは、IIm7ではなくII7が使われたり、あるいは、「イチ・ロク・ニ・ゴ」繰り返されるときには、2回目の冒頭の Imaj7 が IIIm7 に変化したりと、さらに変化することがありますが、大まかな流れは以上のような感じです。

ちなみに、IIm7-V7 の IIm7 を「サブドミナント(・メジャー)」と説明する理論書があります。これについて、私は誤りではないけれども、現場感覚としては、サブドミナント・メジャーを持ち出したのではなく、単にドミナントを拡張しただけであり、「IIm7-V7」全体を機能としてのドミナントと考えるほうが自然だと思います。ただし、文脈にもよりますが。

さて、話をマイナー・キーに戻します。

メジャー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ(・イチ)」と同様のことは、マイナー・キーでも行われます。

  1. Im | V7 | Im | (トニック・マイナー-ドミナント-トニック・マイナー)
  2. Im | IIm7(♭5)-V7 | Im | (V7が、(狭義の)「トゥ・ファイブ」に変化)
  3. Im6-IVm7(♭5) | IIm7(♭5)-V7 | Im | (冒頭の Im の後半がトニック・マイナー代理のVIm7(♭5)に変化)

Softly, As In A Morning Sunrise のセクションAを想定したらよいと思うのですが、大まかにこのような流れになると思います。もちろん、IIm7(♭5) が II7 に変化したり(Catwalk 2小節目も同様)、あるいはさらにそのトライトーン代理である ♭VI7 が好まれたりと、さらに発展することがあることはいうまでもないことです。

ここで注目していただきたいのは、3. の段階の1小節目です。2. まであえて「Im」(これは、Im7 と Im6 ≒ Immaj7 の両方の可能性を残した私の書き方)と表記していたのが、Im6 に変化しています。これは、うっかりではなく、あえてこのようにかき分けています。

というのは、3. の1小節目のトニック・マイナーとその代理コードでは、一貫して、キーのメロディック・マイナーが使われるケースが多いからです。Im6 に対しては、メロディック・マイナー・スケール(の第1モード)、そして、VIm7(♭5)に対してはメロディック・マイナー・スケールの第6モードであるロクリアン♯2が使われます。

トニック・マイナーに対しては、メロディック・マイナーのほかにナチュラル・マイナーを想定することもできるはずです。そのときに、「ロク」の部分を VIm7(♭5) とすると、この部分だけ、キーに対応するメロディック・マイナーに変化してしまいます。それがいけないということは決してないとは思うのですが、Catwalkの1小節目は、そのための解決法として、♭VImaj7 を使っています。

♭VImaj7 に対応するスケールはリディアンです。リディアンはメジャー・スケールの第4モードとして覚えている(暗記させられた?)人が少なくないかと思いますが、実は、ナチュラル・マイナー・スケールの第6モードでもあります。

Catwalk の、ブルース・フィーリングが抑制されたモノクロームな現代的響きは、メロディック・メジャー・スケールに対して不協和音程の少ないナチュラル・マイナー・スケールに基づいた1小節目に鍵があるのではないかと私は考えています。

それにしても、マイナー・キーの「イチ・ロク(・ニ・ゴ)」の「ロク」の部分が ♭VImaj7 になっている曲や演奏はなかなか遭遇したことがないように思います。ほかになにかそのような事例をご存知の方、よろしければご教示いただければと思います。