吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

It Could Happen To You の9-10小節目と25-26小節目

ABAC形式の、セクションBとCのそれぞれ1-2小節目です。ここはまだメロディが共通しているところで(ABAB'形式ということもできるだろう)、メロディはメロディは階名で「ミミ | ミファドレ」となっています。

譜面なしで演奏するとき、ここのコードがいろいろと分かれるようです。

選択肢としてどちらの小節も、

  1. IIm7 | V7 |(いわゆるトゥ・ファイブ)
  2. IIm7 | IVm6 | (サブドミナント・メジャー代理のIIm7とサブドミナント・マイナー)

の2つの可能性があって、さらに

  • 前半も後半も1.
  • 前半も後半も2.
  • 前半は1. 後半は2.

の3つのパターンがあるようです。ちなみに順列組み合わせとしては、「前半が2. 後半が1.」という組み合わせもあるはずなのですが、実際にはそのような演奏はしたことがないように記憶しています。

なお、10小節目と26小節目のメロディが階名「ミファドレ」なので、1.の場合、少なくともテーマ中はV7ではなくIIm7/V(V7sus4と書くこともできる)となりますし、また、2.の場合、テーマ中はIVm6をIVm7とすることができません(サブドミナント・マイナーの代理コードの♭VII7は問題なく使えます)。

もっとも、メジャー・キーにおけるサブドミナント・マイナーは、原則としてそのキーに対応するメロディック・メジャー・スケールに対応するので IVm6(IVmmaj7)を第一に考えるべき、というのが私の立場ですが。

さて、実際どうなっているか確認してみましょう。

  • 1950年代、Bud Powell:ともに IImmaj7(2コーラス目9小節目はIIm7、1コーラス目25小節目はやや曖昧) | IVm6-♭VII7 | 。論点とややずれるが、マイナー・キーのImとメジャー・キーのIVmにそれぞれ関係するコードでマイナー・メジャー・セブンスやマイナー・シックススのようなメロディック・マイナー・スケールに対応するコードがクリシェ以外で使われる珍しいケース。
  • 1956年、Miles Davis/Relaxin':9-10小節目は IIm7 | IIm7/V(ただし後テーマはIIm7(♭5)) | 、25-26小節目は IIm7 | IIm7(♭5)-IIm7(♭5)/V | 。ソロは原則として10小節目をV79、26小節目をV7(♭9)としているようだが例外もある。
  • 1957年、Berney Kessel/The Poll Winners:ともに IIm7 | IVm6(-♭VII7) |
  • 1957年、Frank Sinatra/Close To You And More:9-10小節目は IIm7 | IIm7(♭5)/V |、25-26小節目はIIm7 | ♭VII7 | 。
  • 1957年、Red Garland/Revisited!:テーマはどちらも IIm7 | VIm6(または♭VII7) | であるが、ソロは9-10小節目を IIm7 | V7 | としているようだ。
  • 1957年、Sonny Clark/Dial "S" For Sonny:ともに IIm7 | IVm6-♭VII7 | だが、26小節目は♭VII7のみという認識なのかもしれない。
  • 1958年、Chet Baker/It Could Happen to You:どちらも IIm7 | IVm6 |
  • 1959年、Dinah Washington/What A Diff'rence A Day Makes!:どちらも IIm7 | IIm7/V |
  • 1964年、Art Blakey And The Jazz Messengers/One For All:9-10小節目はIIm7 | IIm7(♭5)/V | IIm7 | 、25-26小節目は IIm6 |♭VII7 | だが、ソロ中の10小節目はV7で演奏されている。
  • 1964年、Monica Zetterlund-Bill Evans:いずれも、IIm7-IIIm7 | IVm6-♭VII7 | 。ただし、ソロ中はIIIm7は省略されることもある。
  • 1964年、Sonny Rollins/All The Things You Are:どちらも IIm7 | IVm6(-♭VII7) |
  • 1974年、Kenny Drew/Dark Beauty:結論としてあまり一貫性がないが、ソロ中は原則としてどちらも IIm7 | V7 | としているようだ。1コーラス目(ピアノ・ソロのテーマ)の9-10小節目は IIm7 | IIm7/V-IIm7(♭5)/V | 25-26小節目は抽象的になっていく過程だが参考までに IIm7 | IVmaj7 / I/III IIm7 | 。2コーラス目と後テーマ(トリオでのテーマ)は、9-10小節目が IIm7/V | IIm7/V | 、25-26小節目が IIm7 | IVm6(/V)-V7 | といったところだろうか。
  • 1986年、Carmen McRae/Any Old Time:9-10小節目はどちらのコーラスも曖昧だが、IIm7 | IVm6-♭VII7 | のように聞こえるがどうだろう。25-26小節目は、IIm7 | ♭VII7 | 。
  • 1993年、Chick Corea/Expressions:どちらも IIm7 | IVm6-♭VII7 |
  • 1996年、Keith Jarrett/Tokyo '96:変幻自在だが、原則としてどちらも IIm7 | IVm6-♭VII7 | だろう(冒頭ピアノイントロ部分の9-10小節目にあたるところはIIm7 | IIm7/V | ではあるが)。

やはり、当初の仮説通りというところです。

1.の IIm7-V7 の場合であってもIIm7がIIm7(♭5)のようになったり、あるいはV7が♭9となったりと、サブドミナント・マイナーあるいはそれに近いサウンドになる傾向があるのは、やはり歌詞のイメージからくるこの曲やフレーズの印象からでしょうか。

また、録音を聴いていても、必ずしも譜面が用意されていなかったり、あるいは、譜面通りに必ずしも演奏しなかったりするせいか、ベーシストやピアニストが微妙に探っているような演奏も見られました。これは記事を書く上では非常に悩ましいのですが、演奏者がどのように耳を使って考えて対処しているか、その過程を垣間見ることができるような気がして興味深いことでもありました。

我々が演奏するときには、リーダーがうまく示すことが大切だと考えます。例えば、テーマを演奏する人が管楽器奏者であればリズム・セクションが迷わないようにフェイクのフレージングでどちらのコードか示すことができるでしょうし、ボーカリストであっても熟練の域に達していれば決して不可能ではないはずです。

また、リズム・セクションが伴奏するときも、時と場合によっては明確に提案する場合がよいこともあれば、まずは様子を探ったほうがよい場合もあるでしょう。大切なことは、お互いメンバーをリスペクトし合いながらともに音楽を創り上げるという姿勢であって、配慮なく自分の好みのコードをガーンと弾くといった態度は、個人的にはあまり感心しません。

聴覚芸術で、さらに即興演奏なので、目で譜面を追うことも時には必要ですが、日頃から耳をしっかり使って対処できる力を身につけていきたいものです。