吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

All Of Me の3-14小節目

ジャズで取り上げる曲は、民謡やクラシック音楽をもとにした曲を別にすれば、概ね1920年代以降に作られた曲がほとんどです。

この時代になると、純粋なマイナー・キーの曲はごくわずかで99%くらいの曲が平行調同主調のメジャー・キーに一時的に転調します。私が調べた範囲では、ジャズの演奏で取り上げられる曲のうち、平行調同主調のメジャー・キーに転調しない純粋なマイナー・キーの曲は、マイナー・ブルースと、「素敵なあなた」の邦題で知られる Bei Mir Bist Du Schön くらいではないかと思います。調べ方が甘い、とお叱りを受けるかもしれませんが、ぜひご自身でマイナー・キーの曲をあたっていただければ、例えば Summertime のように1コーラスが短いシンプルな曲であっても一時的に並行メジャーに転調する曲がほとんどであることが実感できるかと思います。確かにジャズ・オリジナルを中心にもう少し丁寧に探すと純粋なマイナー・キーの曲がもう少し見つかりそうなので、ご指摘はごもっともなのですが。

さて、All Of Me はメジャー・キーの曲です。一見したところ、ほとんど転調していないように思われます。

しかし、見方によっては平行調のマイナー・キーに転調していると解釈することもできるのです。特に3-14小節目は、ピボットも含めてマイナー・キーのコンテクストで解釈するほうが自然な感じさえします。

細かな差異はあるとしても、この曲の前半のコード進行は概ね以下のようになると思われます。

(1) Cmaj7Cmaj7E7E7
C: Imaj7
(トニック・メジャー)
Imaj7
(同前)
Am: V7(ドミナントV7(同前)
(5) A7A7Dm7Dm7
C:
Am: I7
IVへのドミナント
I7
(同前)
IVm7
サブドミナント・マイナー)
IVm7
(同前)
(9) E7E7Am7Am7
C:
Am: V7
ドミナント
V7
(同前)
Im7
(トニック・マイナー)
Im7
(同前)
(13) D7D7Dm7G7
C: II7
(ダブル・ドミナント
II7
(同前)
IIm7
(V7の関係コード)
V7
ドミナント
Am: IV7
(トニック・マイナー代理)
IV7
(同前)

この曲を使って12キーの練習をしていたのですが、なぜこの曲が難しく感じました。なぜだろうと、その理由を考えていたら、この曲の前半の大部分がマイナー・キーの文脈で捉えることができるからではないかと気づきました。私は、特にシャープ系のマイナー・キーが苦手なのです。

ヒントになったのが、7-8小節目と11-12小節目の2つのマイナー・コードです。何気なく演奏するこの曲ですが、よく考えると、平行調サブドミナント・マイナーとトニック・マイナーに相当します。

例えば、7-8小節目は、メジャー・キーのコンテクストでみると IIm7 です。確かにダイアトニック・コードで、直後に V7 に近いコードはないのでドミナントV7に先行する関係コードではなく(9小節目を VIIm7(♭5)としてもこれは10小節目のE7の関係コードであってドミナント代理と解釈するには無理があるだろう)、かといって、サブドミナント・メジャー代理と考えるにも釈然としないものがあります。

11-12小節目も同様で、メジャー・キーの文脈におけるトニック・メジャー代理でもサブドミナント・メジャー代理でもどちらともいえません(強いて決めろというなら前者だと思いますが)。

しかし、これらをマイナー・キーの文脈で考えると、それぞれに前置されるドミナント・セブンス・セブンスコードは、サブドミナントへのセカンダリドミナント I7 とドミナント V7 になり、さらに、3-4小節目も、ドミナント(これは、サブドミナントへのセカンダリドミナント I7 へのドミナントであるけれども)と解釈できます。

さらに、13-14小節目は、マイナー・キーのコンテクストでは IV7 ですが、これはトニック・マイナー代理です。Mas Que Nada の Im7 IV7 の繰り返しがともにトニック・マイナーであったり、Chelsea Bridgeの冒頭の Immaj7 をIV7に置き換えたりできることからも明らかでしょう。ドミナント・セブンス・コードでありながらドミナント機能を持たないものは、マイナー・コードの代理コードであるケースが少なくありません(ほかにもあります。例えばトニック・ディミニッシュ代理のVII7など)。

話がそれましたが、13-14小節目はマイナー・キーの文脈ではトニック・マイナー代理 IV7 で、これはメジャー・キーの文脈で見れば素直にダブル・ドミナント II7 ですからこれはピボットになっているのですね。

ちなみに、15小節目をマイナー・キーの文脈でサブドミナント・マイナーと解釈するのは個人的にやや無理があると判断しますが、そこは感じ方の問題ですから、そのように理解したとしても誤りとまでは言い切れないでしょう。

実際問題として、この曲の前半をマイナー・キーのコンテクストで把握することにどれだけ意味があるのか、といわれると、たいした意味はないということになるのかもしれません。しかし、私は、コード進行を多角的にみることには、難しい進行をきちんととらえることができたり、ちょっとしたリハーモナイズのヒントになったりと、様々な意義があると考えています。

面倒くさいと思うか、興味深いと考えるかは人それぞれだとは思うのですが、少なくとも All Of Me の12キーを練習することがマイナー・キーの苦手意識の克服に役立ちそうだということはいえるのではないかと思います。