Polka Dots And Moonbeams の23-24小節目
この曲の譜面が配られて演奏していると、いくつか「え? そうだっけ」という箇所があります。そこで調べてみることにしました。
今回はブリッジから戻るところ。ブリッジは長3度上に転調していて、こういう箇所の度数表記は厄介だけれども、[III] が転調先(もとの調からみて長3度上という意味)、[I] がもとの調の文脈ということです。また「=」が使われているときは、その左右とも同じコードを両者の文脈から見ています(ピボット・コードのとき)。
ややわかりにくいですが、比較のためということでご理解いただければ幸いです。
- 1940年、Tommy Dorsey:[III] IIIm7 ♭IIIdim7 | [I] IIm7 V7 |
- 1953年、Bud Powell/Amazing Pud Powell Vol.2:[III] IVm7 II7 | [I] VImaj7 / IIm7 V7 |
- 1954年、Sarah Vaughan/Swingin' Easy:[III] Imaj7 VI7=[I] VI7 | IIm7 V7 |
- 1955年、Cannonball Adderley And Strings:[III] Imaj7 VIdim7=[I] ♯Idim7 | IIm7 V7 |
- 1958年、Chet Baker/In New York:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | [I] IIm7-V7 | 。23小節目3拍目はピアノとベースで混乱が見られるが、ピアニストはむしろ[III]VIdim7=[I]♯Idim7 なのかもしれない。
- 1959年、Blue Mitchell/Blue Soul:[III] VIm7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 | 。23小節目3拍目は2コーラスともベースのピッチがかなり高いが、ソロの内容から[III] IV7=[I]VI7 と考えられる。
- 1960年、Wes Montgomery/The Incredible Jazz Guitar:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
- 1961年、Frank Sinatra/I Remember Tommy:[III] IVm7 ♭IIIdim7 | [I] IIm7 V7 |
- 1961年、Lou Donaldson/Gravy Train:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
- 1962年、Bill Evans/Moonbeams:[III] I7 ♭V7 IV7=[I] VI7 [III] VII7=[I]♭III7 | IIm7 ♭III7 ♭VI7 V7 |
- 1963年、Paul Desmond/Easy Living:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
- 1963年、Sarah Vaughan/Sassy Swings The Tivoli:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
- 1971年、Dexter Gordon/The Shadow Of Your Smile:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
- 1980年、Sonny Stitt/Good Life:[III] I7=[I] III7 VI7 | IIm7 V7 |
- 1990年、Charlie Haden/First Song:[III] I7=[I] III7 VI7 | IIm7 V7 |
- 1993年、Lee Kinitz/Speakin' Lowly:[III] I7/III=[I] III7/♯V VI7 | IIm7 V7 |
ここで解釈が大きく分かれるのは23小節目の最初のコードでしょう。
いずれも転調先のキー(もとの調の長3度上)を基準にすると、
- Imaj7
- VIm7(転調先の平行調のトニック・マイナー)
- Im7
- I7
の4つ。いずれもずいぶん解釈が異なりますね。
個人的に好みなのは、VIm7 と I7 でしょうか。
Imaj7 はまあ穏当なのに対して、VIm7 はなにか問いかけようとするような気がします。バド・パウエルやブルー・ミッチェルなどがこの立場ですね。
Im7 は、転調先では同主調のトニックですが、これがもとのキーだとIIIm7 に相当するのでピボットとして機能し、以下もとのキーで IIIm7-VI7-IIm7-V7 となります。
I7 は Imaj7 にも Im7 にもよく似ています(かなり暴論だったかな)。もとのキーで III7-VI7-IIm7-V7 となり、ほとんど同じだろうと思うのですが、もとのキー(メジャー)の「III某」で、無批判にIIIm7とするかIII7を選択するかというところにハーモニー意識の違いが現れることがあると私は常々考えているのですが、この曲のこの箇所にもいえるのではと思います。
I7(もとのキーのIII7)を選択しているのは、ビル・エバンス、ソニー・スティット、チャーリー・ヘイデン、リー・コニッツで、全体的に見ると最近の録音に多いようです。
上にあげた4つの解釈はいずれも正解ですし、また、これ以外にも解釈はあるかもしれません。ただ、この箇所に限らず、この曲には様々なハーモナイズが可能であり、全体的な調和も含めて、譜面を書く人(アレンジャー)のセンスや理解度、さらには思慮深さのようなものがあらわれるような気がします。