吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Black Nile のイントロ

この曲は、ウェイン・ショーターの曲の中でも比較的演奏する方なのですが、イントロは曲のなかで1回しか出てこないので、ときどき演奏していないと思い出せなくなってしまうことがあります。

で、あらためて調べてみました。

Fm7 | G♭maj7 | E♭m7 | Fm7 Gm7 |
B♭7 | E♭maj7 | Em7(♭5, 9) A7 | A7 ||

1小節目や4小節目がなかなか聞き取りにくいのですが、再生速度ゆっくりにして、かつループ再生してみたら、今日はこのように聞こえました。前回聴いたときとちょっと違っています(苦笑)。

あと、リズム的には、1小節目と5小節目、ドラムがメロディのリズムに合わせるのはよいとして、オリジナル音源(Wayne Shorter/Night Dreamer)ではピアノではなくベースが合わせています。

メロディのアクセントに誰が合わせるかというのは、色々考え方がありますが、小学生が空き地でやるような下手なサッカーみたいに、リズム・セクションの全員が合わせる、というようなことは避けたいものですね。

さて、このコード進行、機能的にどう説明したらよいのでしょうかね。

7-8小節目は、トニック・マイナー(Dm7)へのいわゆる「トゥ・ファイブ」というのはよいとして、1小節目と3小節目のFm7を、Dマイナーの平行調(Fメジャー)の同主調(Fマイナー)のトニック・マイナーだといえなくもないですが、やはり無理やりな感じはします。

ウェイン・ショーターの他の曲にも当てはまることですが、ビバップハードバップ、それにいわゆる歌もののコード進行のように、機能和声で説明しにくいところが、ショーターのクリエイティブなところなのだと思います。とても魅力的ですね。覚えにくいですけれども。

Come Rain Or Come Shine の13-16小節目

この曲のもっともバリエーションが多い箇所ではないかと思います。

転調していると解釈できる演奏もありますが、混乱を避けるため敢えてメジャー・キーの文脈で書きます。

  • 1950年、Sarah Vaughan/In Hi-Fi:Im6 | Vm7 | VI7 II7 V7 / | IIm7 V7 |
  • 1954年、Dinah Washington/Dinah Jams:メモリーで演奏しているのか結構曖昧。13小節目は♯IVm7(♭5)-VII7 のように聞こえるが、次が、IIIm7(♭5)-VI7 なのか、Vm7 が微妙。その次(15小節目)は、ピアノをきく限り、Vdim7 Vm7 のようにも聞こえるがベースは、IIIm7(♭5)-VI7 のつもりかもしれない。16小節目はII7-V7。
  • 1955年、Billie Holiday/Music For Torching:Im7 | ♭III7 | III7 ♭III7 IIm7 VII7 | ♭VII7 VIm7 ♭VI7 V7 |
  • 1557年、Sonny Clark/Sonny's Crib:♯IVm7(♭5)VII7 | IIIm7(♭5) | IIIm7(♭5) VI7 | IIm7 V7 |
  • 1958年、Art Blakey And The Jazz Messengers/Moanin':IV7 | Vm7 | IIIm7(♭5) VI7 | IIm7 V7 |
  • 1958年、John Coltranke/The Last Trane:Idim7 | ♭VIIdim7 | ♭VIIm7 VIm7 V7 ♭III7 | II7 V7 |
  • 1959年、Bill Evans/Portrait In Jazz:♯IVm7(♭5)VII7 | IIIm7(♭5) VI7 | ♭VI7 ♭II7 ♯IV7 VII7 | III7 VI7 ♭VI7 ♭II7 | 。もちろんメロディは変えてある。
  • 1959年、The Genius Of Ray Charles:VIm7 | IIIm7 | VI7 V7/II | ♭VII7 VI7 ♭VI7 V7 |
  • 1960年、Intensity/Art Pepper:Im6 | ♭III7/♭VII | ♭IIdim7 Idim7 ♭VIIdim7 VIdim7 | ♭VIdim7 Vdim7 ♯IVdim7 V7 | (最後のコードはIVdim7かも?)
  • 1960年?、Ella Fitzgerald Sings The Harold Arlen Songbook:Im6 | Vm7 | VI7 II7 V7 III7 | Vim7 II7 ♭VI7 V7 |
  • 1962年、Wes Montgomery/Full House:♯VIm7(♭5) VII7 | IIIm7(♭5) | IIIm7(♭5) VI7 | II7 V7 | (やや曖昧だがおおむねこんな感じか?)
  • 1963年、Peggy Lee/I'm A Woman:Im7 | Vm7 | IIIm7(♭5) VI7 | II7 V7 |
  • 1967年、Dexter Gordon/Body And Soul:♯VIm7(♭5) VII7 | IIIm7(♭5) | IIIm7(♭5) VI7 | IIm7 V7 |
  • 1978年、Joe Pass+Niels Pedersen/Chops:♯VIm7(♭5) VII7 | IIIm7(♭5) VI7 | ♭VII7 VI7 | ♭VI7 V7 |
  • 1986年、Diane Schuur/Timeless:Im7 | ♭II7 | ♭III7 II7 V7 V7/VII | III7 II7alt V7 / |

13-14小節目を Im7 | Vm7 | と演奏しているテイクが多くありますが、これは、オリジナルのメジャー・キーから見て、同主調属調の IVm7 | Im7 | なのでしょうね。これは、なかなか捨てがたいコード進行なのですが、現代では(少なくとも私の周辺では)あまり好まれないかもしれません。ちょっと捨てるには惜しい気もしますが。

それから、15-16小節目のメロディラインについては、ストレート・メロディに合わないものも含めて、さまざまなコードが付けられています。

そして、ビリー・ホリデイのような録音では比較的シンプルなコード進行が来るかなと勝手に想像していたのですが、期待は見事に(よいほうに)裏切られました。ビル・エバンスとアイディア的に似ているというのも興味深いです。

ジャム・セッションで、「よくやる進行で」などと指示されて、特に初心者が萎縮するシーンを見かけることがあるのですが、「よくやる進行」っていったいなんなんでしょうかね。今度、誰かにきいてみようかと思います。

それから、16小節目をシンプルに「トゥ・ファイブ」で演奏する場合であっても、IIm7-V7 とするか、II7-V7 とするか、判断が分かれますよね。個人的には後者が好みかなあ。

Polka Dots And Moonbeams の23-24小節目

この曲の譜面が配られて演奏していると、いくつか「え? そうだっけ」という箇所があります。そこで調べてみることにしました。

今回はブリッジから戻るところ。ブリッジは長3度上に転調していて、こういう箇所の度数表記は厄介だけれども、[III] が転調先(もとの調からみて長3度上という意味)、[I] がもとの調の文脈ということです。また「=」が使われているときは、その左右とも同じコードを両者の文脈から見ています(ピボット・コードのとき)。

ややわかりにくいですが、比較のためということでご理解いただければ幸いです。

  • 1940年、Tommy Dorsey:[III] IIIm7 ♭IIIdim7 | [I] IIm7 V7 |
  • 1953年、Bud Powell/Amazing Pud Powell Vol.2:[III] IVm7 II7 | [I] VImaj7 / IIm7 V7 |
  • 1954年、Sarah Vaughan/Swingin' Easy:[III] Imaj7 VI7=[I] VI7 | IIm7 V7 |
  • 1955年、Cannonball Adderley And Strings:[III] Imaj7 VIdim7=[I] ♯Idim7 | IIm7 V7 |
  • 1958年、Chet Baker/In New York:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | [I] IIm7-V7 | 。23小節目3拍目はピアノとベースで混乱が見られるが、ピアニストはむしろ[III]VIdim7=[I]♯Idim7 なのかもしれない。
  • 1959年、Blue Mitchell/Blue Soul:[III] VIm7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 | 。23小節目3拍目は2コーラスともベースのピッチがかなり高いが、ソロの内容から[III] IV7=[I]VI7 と考えられる。
  • 1960年、Wes Montgomery/The Incredible Jazz Guitar:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
  • 1961年、Frank Sinatra/I Remember Tommy:[III] IVm7 ♭IIIdim7 | [I] IIm7 V7 |
  • 1961年、Lou Donaldson/Gravy Train:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
  • 1962年、Bill Evans/Moonbeams:[III] I7 ♭V7 IV7=[I] VI7 [III] VII7=[I]♭III7 | IIm7 ♭III7 ♭VI7 V7 |
  • 1963年、Paul Desmond/Easy Living:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
  • 1963年、Sarah Vaughan/Sassy Swings The Tivoli:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
  • 1971年、Dexter Gordon/The Shadow Of Your Smile:[III] Imaj7 IV7=[I]VI7 | IIm7 V7 |
  • 1980年、Sonny Stitt/Good Life:[III] I7=[I] III7 VI7 | IIm7 V7 |
  • 1990年、Charlie Haden/First Song:[III] I7=[I] III7 VI7 | IIm7 V7 |
  • 1993年、Lee Kinitz/Speakin' Lowly:[III] I7/III=[I] III7/♯V VI7 | IIm7 V7 |

ここで解釈が大きく分かれるのは23小節目の最初のコードでしょう。

いずれも転調先のキー(もとの調の長3度上)を基準にすると、

  • Imaj7
  • VIm7(転調先の平行調のトニック・マイナー)
  • Im7
  • I7

の4つ。いずれもずいぶん解釈が異なりますね。

個人的に好みなのは、VIm7 と I7 でしょうか。

Imaj7 はまあ穏当なのに対して、VIm7 はなにか問いかけようとするような気がします。バド・パウエルブルー・ミッチェルなどがこの立場ですね。

Im7 は、転調先では同主調のトニックですが、これがもとのキーだとIIIm7 に相当するのでピボットとして機能し、以下もとのキーで IIIm7-VI7-IIm7-V7 となります。

I7 は Imaj7 にも Im7 にもよく似ています(かなり暴論だったかな)。もとのキーで III7-VI7-IIm7-V7 となり、ほとんど同じだろうと思うのですが、もとのキー(メジャー)の「III某」で、無批判にIIIm7とするかIII7を選択するかというところにハーモニー意識の違いが現れることがあると私は常々考えているのですが、この曲のこの箇所にもいえるのではと思います。

I7(もとのキーのIII7)を選択しているのは、ビル・エバンスソニー・スティットチャーリー・ヘイデンリー・コニッツで、全体的に見ると最近の録音に多いようです。

上にあげた4つの解釈はいずれも正解ですし、また、これ以外にも解釈はあるかもしれません。ただ、この箇所に限らず、この曲には様々なハーモナイズが可能であり、全体的な調和も含めて、譜面を書く人(アレンジャー)のセンスや理解度、さらには思慮深さのようなものがあらわれるような気がします。

You'd Be So Nice To Come Home To の13-16小節目

ジャム・セッションなどでは、VIm7(♭5) | II7 | IIm7(♭5) | V7 | と演奏することが多いように思います。これは、大きく捉えると、ダブル・ドミナント(II7)とドミナント(V7) が2小節ずつということになります。

これはこれでよいのですが、どうもそうでもなさそう。というか、自分で選曲して人前で演奏するようなときにはもう少し様々なアプローチを検討する余地があるのではないかと考えて、改めて調べてみました。

  • 1953年?、Bud Powell:メジャー・キーの文脈で II7 | II7 | V7 | V7 / VIIm7(♭5) III7 | 。マイナー・キーの文脈で書くと、IV7 | IV7 | ♭VII7 | ♭VII7 / IIm7(♭5) V7 |
  • 1954年、Helen Merrill with Clifford Brown:VIm7(♭5) | II7 | IIm7(♭5) | V7 | 。ただし、テーマのときは、15小節目後半に♭VI7が挿入されて、4拍目ウラのV7でブレイク。
  • 1956年、Frank Sinatra/Swingin' Affair:1コーラス目は、VIm7(♭5) | ♭VI7 | IIm7/V | V7 | 、2コーラス目(転調後)は VIm7(♭5) | II7 | IIm7(♭5)/V | V7 | か。
  • 1956年、Cecil Taylor/Jazz Advance:前テーマに関してはVIm7(♭5) | ♭VI7 | IIm7(♭5)/V | (不明) |
  • 1957年、Art Pepper Meets The Rhythm Section:VI7 | ♭IIIm7 | IIm7(♭5) | V7 |
  • 1957年、Sonny Stitt/Personal Appearance:VI7 | ♭VIIm7-♭III7 | IIm7(♭5) | V7 | か。ただし、14小節目はストレート・メロディに合わない。
  • 1957年、Paul Chambers/Bass On Top:VIm7(♭5) | II7 | V7 | V7 | が基本。
  • 1957年、Coleman Hawkins Encounters Ben Webster:メジャー・キーの文脈では II7 | II7 | V7 | IV7-III7 | 、マイナー・キーの文脈で書くと IV7 | IV7 | ♭VII7 | ♭IV7-V7 | 。
  • 1958年、Chet Baker/Chet:VIm7(♭5) | ♭VI7 | III7-IV7 | VIIm7(♭5)-III7 |
  • 1958年、Sarah Vaughan/After Hours At The London House:VIm7(♭5) | ♭IIIm7-♭VI7 | IIm7(♭5) | V7 |
  • 1959年、Julie London/“Julie...At Home/Around Midnight”:15-16小節目にユニゾンによるアレンジがあるが、全体として VIm7(♭5) | II7 | ♭VI7 | V7 | 。ただし2コーラス目の14小節目は少なくともベースは♭VI7 。
  • 1960年、Anita O'Day Swings Cole Porter, Rodgers & Hart with Billy Way:VIm7(♭5) | II7 | IVm7 | V7 |
  • 1961年、Lee Konitz/Motion:VIm7(♭5) | ♭VI7 | IIm7(♭5) | V7 |
  • 1974年、Lee Konitz-Red Mitchell/I Concentrate On You:VIm7(♭5) | ♭VI7 | V7 | V7 | が基本か。
  • 1975年、Jim Hall/Concierto:前テーマは VIm7(♭5) | II7 | V7-♭VI7 | V7 | としている。ソロ以降は、VIm7(♭5) | ♭IIIm7-♭VI7 | IIm7(♭5) | V7 | などとしている。コーラスによって若干異なるが基本的な構造は同じ。
  • 1977年、Ann Burton/Burton for Certain:II7 | ♭VI7 | Vmaj7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1982年、Red Garland/Misty Red:前テーマはVIm7(♭5) | ♭VI7 | V7-♭VI7 | V7 |、あとテーマは IV7 | ♭IIIm7-♭VI7 | IIm7(♭5) | V7 | としている。ソロ中もベーシストがやや迷っているので、譜面や事前の打ち合わせなしで演奏しているのかもしれない。

さて、ペッパーのミーツ・リズム・セクションのリハーモニゼーションは有名なので押さえていましたが、思いの外バリエーションがあったことに我ながら驚くとともに改めて勉強になりました。

14小節目のII7のトライトーン代理の♭VI7はマイナー・キーで好まれるのである程度想像していましたが、♭IIIm7-♭VI7 がすんなり思いつくか、このあたりはずいぶん経験や発想が問われると思います。ちなみに、ロリンズのこの小節は本当はこのようにしようとしてのうっかりでしょうか。

シナトラやホーキンス-ウェブスターのように、あえてメジャー・キーの文脈でII7-V7を使ってくるあたり、あまりモダンなアプローチではないかもしれませんが、現代に生きる(つもりの)私にとってはかえってはっとさせられます。

アン・バートンの15小節目にVmaj7を持ってきて転調してしまうのが今回の一番の発見でした。ヴァースからスローで歌っていて、とてもこのコードが効いていると思います。ちなみに、この曲、ヴァースの有無によって歌詞の解釈が180度異なることもかつて学んだことがあります。

Blue Bossa の4小節目

この曲はよくジャム・セッションでも取り上げる曲で演奏する機会も多いと思います。

作者のケニー・ドーハムリオデジャネイロでの滞在経験が作曲動機になっているようです(英語版Wikipedia記事)。したがって、タイトルの Bossa とは Bossa Nova のことだと考えてよいでしょう。

特に打ち合わせなくジャム・セッションやライブで演奏するときは、いわゆる「ボサノバふう」に演奏するケースが多いかと思います。

しかし、初録音である Joe Henderson の1963年のアルバム“Page One” を聴くと、リズム・セクションは必ずしも今日演奏されるような「ボサノバふう」に演奏していないことがわかります。そして、こんにちボサノバふうの演奏では3小節目と同様 IVm7(キーをCマイナーとしてFm7)で演奏することがある4小節目も、初録音では一般して♭VII7(同、B♭7)で演奏されています。この♭VII7はサブドミナント・マイナー代理でメジャー・キーではおなじみですが、マイナー・キーでもこのように使われることがあります。スケールはナチュラル・マイナー・スケールの第7モードであるミクソリディアンということになります。

もちろん、初録音のバンドリーダーであるヘンダーソン自身も含めて、以降の演奏では、ボサノバ風の演奏でコードも♭VII7にせず、3小節目同様IVm7のまま演奏している録音のほうが目立ちます。また、初録音よりも速めのテンポで演奏するケースのほうが多いでしょう。

ある曲を、オリジナルやよく演奏される拍子やコード進行を変えて演奏することは、ジャズの伝統の1つですから、もちろん、このような変化はとても重要なことです。しかし、他方で、作者や先人たちの演奏(特に初演)に敬意を払うことも忘れてはいけないことだと思います。

例えば、この曲の初録音ではシャウトコーラス(いわゆるセカンドリフ)が演奏されています。これは、比較的速いテンポのボサノバふうの演奏であっても活用することはできるでしょう。ドラムソロとの交換に応用するアイディアも悪くなさそうです。

一方で、あきらかにバンド全体がボサノバふうで演奏しようとしているのに、ベーシストやドラマーが頑なに初録音のようなフィールで演奏するというのは、かえってジャズ精神に反しているのかなと思います。もちろん、そのような提案を演奏ですること(できること)自体は、状況次第ではとてもポジティブなことだと思います。しかし、そのアイディアがメンバー全体で共有されることが困難だと判断されるのであれば、状況に合わせて柔軟に対応することが現実的だし、最適解であるケースがほとんどなのではないかとも思います。

ただ、個人的には、この曲に限らずライブでセットリストに加える曲については、ぜひ初演(初録音)をチェックするとよいと考えています。なぜなら、この曲のシャウトコーラスのように、様々なアイディアを見つけることがあるからです。私自身の限られた経験ではありますが、なかには手垢にまみれていないコード進行を見つけることも少なくありません。その上であえて初録音とは異なる自分自身の解釈でパフォーマンスをして、その是非をお客さんや共演者に問うということがジャズ精神の1つの柱なのではと個人的には考えています。

I Fall In Love Too Easily の7-8小節目

先日この曲を演奏したときに、あまりこの曲を研究してこなかったことに気づきました。

この曲は、全体的にはメジャー・キーですが、平行調との行き来もあります。具体的には3小節目から12小節目、すなわち1コーラス16小節の半分以上をマイナー・キー側の文脈で読むことができます。よって、今回の記事におけるコードは並行マイナー側の表記で通します。

さて、この曲の8小節目は並行マイナーのドミナントV7、その前の7小節目はダブルドミナントII7と、おおまかに捉えることができます。7小節目のメロディは階名で「レ♯・ミ・ファ♯(ここまで2拍3連)シ・シ」となっていることにも注意が必要です(マイナー・キーの文脈なので、II7のルートが階名「シ」です。念のため)。

  • 1945年、Frank Sinatra:II7 | ♭VImaj7/V-V7
  • 1954年 Tony Bennett/Cloud 7:II7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1954年、Chet Baker Sings:VIm7(♭5)-♭VI7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1955年、Anita O'Day/This Is Anita:II7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1962年、Bill Evans/Moon Beams:VIm7(2コーラス目はVIm7(♭5))-II7 | V7 | (1コーラス目のテーマで8小節目前半が一瞬メジャーかと思ったが次のコーラスは明らかにV7としている)。
  • 1962年、Sarah Vaughan/Snowbound:II7/VI-II7(2コーラス目はII7/VI-♭VI7) | ♭VImaj7/V-V7 |
  • 1963年、Miles Davis/Seven Steps To Heaven:♭III7alt-II7 | ♭VI7 / IIm7/V V7 |
  • 1973年、Carmen McRae/It Takes A Whole Lot Of Human Feeling:VIm7(♭5)-II7 | ♭VI7 / IIm7/V V7 |
  • 1976年、Niels Pedersen-Sam Jones/Double Bass:VIm7-II7 | V7 |
  • 1983年、Keith Jarrett/Standards, Vol. 2:変幻自在だが基本的にII7 | V7 | か?
  • 1992年、Dancing In The Dark:VIm7-♭VI7 | IIm7/V-V7 |(実際は3拍子で演奏。ソロ中は7小節目前半をVIm7(♭5)としている。)

いずれも、II7 | V7 | のバリエーションであることは明白です。

7小節目は、概ね

  1. II7
  2. II7-♭VI7
  3. VIm7-II7、VIm7(♭5)-II7
  4. VIm7-♭VI7、VIm7(♭5)-♭VI7

のいずれかに整理できます。II7の関係コードと私が呼ぶVIm7やVIm7(♭5)が先行したり、トライトーン代理の♭VI7が小節後半に使われたり(♭VI7はメロディとの関係から小節前半に使うことはできない)していますが、いずれもII7の範疇であることは容易に理解できると思います。

ただ、マイルス・デイビスだけは♭III7alt-II7 としています。このアイディアは凡人にはちょっと思いつかないユニークなものに思います。そもそも、メジャー・キー、マイナー・キー問わず、♭III7がオルタード・スケールになることはそれほど多くないように思います。これについては引き続き課題としたいと思いますので、もし他の曲でそのような事例を見つけた方は報告していただけるとありがたいです。

さて、階名「レ♯ミファ」に対して、VIm7(♭5)は許容されるのかという疑問を持った方も多いかと思います。すなわち、階名「レ♯」が、VIm7(♭5)に対応するロクリアン上にない音だからです(ロクリアン♯2だとしても同様)。確かにこのような反対意見や慎重意見も分かるのですが、私は以下の理由から許容されると思います。

1つ目の理由は、ドミナント・セブンス・コードに先行する関係コード(と私が呼んでいるマイナー・セブンス・コードやハーフ・ディミニッシュ・コード)では、メロディで使われるスケールは、関係コード側ではなく、ドミナント・セブンス・コード側のスケールに基づくケースがあるということです。ただし、原則として、ドミナント・セブンス・コードと先行するマイナー・セブンス・コードまたはハーフ・ディミニッシュ・コードの主従関係が、ドミナント・セブンス側が「主」となっている場合に限られます。

これは、主にソロラインに当てはまることなのですが、メロディ・ラインに完全に当てはまらないと言い切れるものではないのではないかと思います。

2つ目の理由は、メロディ「レ♯」の音がVIm7(♭5)のいずれのコード・トーンとも短9度音程をつくらないことです。強烈な不協和音のひとつである短9度音程を含む音程はいくつかの例外を除いて禁則とされていますが、この「レ♯」はその例外が及びません。

3つ目の理由。これは、メロディ「レ♯」とVIm7(♭5)のコード・トーンの1度、3度、5度がつくるディミニッシュ・コードが、結果的にパッシング・ディミニッシュのような効果のように響いているのでは、という見方です。あるいは、「レ♯」がコードトーンである「ミ」に解決シているということ。というのは、I'll Close My Eyes の13小節目でも書いたように(キーはメジャーで、しかもコードもダブル・ドミナントではありませんが)、ハーフ・ディミニッシュ・コードの長6度のままではコードとメロディに違和感を感じるからです。

さて、8小節目はそれほど問題ではありません。基本的にV7なのですが、ただし、V7sus4のサウンドとしてIIm7/Vと♭VImaj7/Vの2つがでてきます。

私は、sus4表記は原則として使いません。スケールの推測がしにくいこと、sus4を使わなくても分数コードで表記できるケースがほとんどなので独立したコードとみなしていないことが理由です。

それはともかく、IIm7/VはVから見てミクソリディアン(IIm7から見てドリアン)、♭VImaj7/VはVからみてフリジアン(♭VIからみてリディアン)です。前者は、同種メジャーからの借用、後者は、Dear Old Stockholmのヴァンプ部分と同じ響きです。

Blue Minor の21-24小節目

先日、ジャムでこの曲を演奏するにあたって譜面を渡されたのですが、23小節目のコードが A♭maj7 になっていました。

ところが、Sonny Clark のアルバム Cool Struttin' ではGm7(♭5) です(もちろん、次の小節はC7)。19小節目と混同したのかもしれませんね。

もちろん、A♭maj7 としても理論的にはメロディと衝突しないので誤りというわけではなく、リハーモニゼーションしたという主張は成り立つでしょう。しかし、印象はずいぶん異なります。

さて、マイナー・キーの曲には平行調であるメジャー・キーと行き来するものが多いです。この曲も例外ではなく、AABA形式のうち、セクションAがFマイナー・キー、セクションBがその平行調であるA♭メジャー・キーになっています。

セクションBの後半(21-24小節目)が B♭m7 | E♭7 | Gm7(♭5) | C7 | です。

このうち21-22小節目は、A♭メジャー・キーの、23-24小節目はFマイナー・キーのいわゆる「トゥ・ファイブ」で、私は全体としてそれぞれドミナントだと考えます。

ドミナントは一般にトニック・メジャーかトニック・マイナー、あるいはそれらの代理コードに進行するケースが多いのです。しかし、これらのトゥ・ファイブはいずれもトニック・メジャーまたはトニック・マイナーに進行していませんね。

21-22小節目の「トゥ・ファイブ」は、並行マイナーの「トゥ・ファイブ」に、また、23-24小節目の直後には25小節目に同じ「トゥ・ファイブ」が続いています。

まず、前者ですが、これは、並行マイナーへの転調で比較的見かける気がします。ちょっと思いつくのは、Old Folks の8小節目や I Didn't Know What Time It Was の8小節目でしょうか(それぞれ別のコードで演奏するケースも少なくないですが)。

次に後者ですが、24小節目がセクションBの終わりなので、23-25小節全体を並行マイナーの文脈でドミナントだとみなすにしても、例えば(メジャー・キーですが)Honeysuckle Roseの冒頭4小節のような単純な「トゥ・ファイブ」の繰り返しとまったく同一視してよいかというとちょっと引っかかるものがあります。

私は、Blue Minor の24小節目のようなドミナントの使い方を、セクションA全体、すなわちDマイナー・キーへのドミナントと理解しています。すなわち、転調の一つの技法ではないかということです。例えば、Almost Like Being In Love の23-24小節目なんかもこれにあたるのではないかと思うのですがどうでしょうか。

このようなドミナントについて、クラシック、あるいはジャズ和声でどのような説明をしているかもしご存知の方がいらっしゃればご教示いただけるとありがたいです。