吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

I Fall In Love Too Easily の7-8小節目

先日この曲を演奏したときに、あまりこの曲を研究してこなかったことに気づきました。

この曲は、全体的にはメジャー・キーですが、平行調との行き来もあります。具体的には3小節目から12小節目、すなわち1コーラス16小節の半分以上をマイナー・キー側の文脈で読むことができます。よって、今回の記事におけるコードは並行マイナー側の表記で通します。

さて、この曲の8小節目は並行マイナーのドミナントV7、その前の7小節目はダブルドミナントII7と、おおまかに捉えることができます。7小節目のメロディは階名で「レ♯・ミ・ファ♯(ここまで2拍3連)シ・シ」となっていることにも注意が必要です(マイナー・キーの文脈なので、II7のルートが階名「シ」です。念のため)。

  • 1945年、Frank Sinatra:II7 | ♭VImaj7/V-V7
  • 1954年 Tony Bennett/Cloud 7:II7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1954年、Chet Baker Sings:VIm7(♭5)-♭VI7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1955年、Anita O'Day/This Is Anita:II7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1962年、Bill Evans/Moon Beams:VIm7(2コーラス目はVIm7(♭5))-II7 | V7 | (1コーラス目のテーマで8小節目前半が一瞬メジャーかと思ったが次のコーラスは明らかにV7としている)。
  • 1962年、Sarah Vaughan/Snowbound:II7/VI-II7(2コーラス目はII7/VI-♭VI7) | ♭VImaj7/V-V7 |
  • 1963年、Miles Davis/Seven Steps To Heaven:♭III7alt-II7 | ♭VI7 / IIm7/V V7 |
  • 1973年、Carmen McRae/It Takes A Whole Lot Of Human Feeling:VIm7(♭5)-II7 | ♭VI7 / IIm7/V V7 |
  • 1976年、Niels Pedersen-Sam Jones/Double Bass:VIm7-II7 | V7 |
  • 1983年、Keith Jarrett/Standards, Vol. 2:変幻自在だが基本的にII7 | V7 | か?
  • 1992年、Dancing In The Dark:VIm7-♭VI7 | IIm7/V-V7 |(実際は3拍子で演奏。ソロ中は7小節目前半をVIm7(♭5)としている。)

いずれも、II7 | V7 | のバリエーションであることは明白です。

7小節目は、概ね

  1. II7
  2. II7-♭VI7
  3. VIm7-II7、VIm7(♭5)-II7
  4. VIm7-♭VI7、VIm7(♭5)-♭VI7

のいずれかに整理できます。II7の関係コードと私が呼ぶVIm7やVIm7(♭5)が先行したり、トライトーン代理の♭VI7が小節後半に使われたり(♭VI7はメロディとの関係から小節前半に使うことはできない)していますが、いずれもII7の範疇であることは容易に理解できると思います。

ただ、マイルス・デイビスだけは♭III7alt-II7 としています。このアイディアは凡人にはちょっと思いつかないユニークなものに思います。そもそも、メジャー・キー、マイナー・キー問わず、♭III7がオルタード・スケールになることはそれほど多くないように思います。これについては引き続き課題としたいと思いますので、もし他の曲でそのような事例を見つけた方は報告していただけるとありがたいです。

さて、階名「レ♯ミファ」に対して、VIm7(♭5)は許容されるのかという疑問を持った方も多いかと思います。すなわち、階名「レ♯」が、VIm7(♭5)に対応するロクリアン上にない音だからです(ロクリアン♯2だとしても同様)。確かにこのような反対意見や慎重意見も分かるのですが、私は以下の理由から許容されると思います。

1つ目の理由は、ドミナント・セブンス・コードに先行する関係コード(と私が呼んでいるマイナー・セブンス・コードやハーフ・ディミニッシュ・コード)では、メロディで使われるスケールは、関係コード側ではなく、ドミナント・セブンス・コード側のスケールに基づくケースがあるということです。ただし、原則として、ドミナント・セブンス・コードと先行するマイナー・セブンス・コードまたはハーフ・ディミニッシュ・コードの主従関係が、ドミナント・セブンス側が「主」となっている場合に限られます。

これは、主にソロラインに当てはまることなのですが、メロディ・ラインに完全に当てはまらないと言い切れるものではないのではないかと思います。

2つ目の理由は、メロディ「レ♯」の音がVIm7(♭5)のいずれのコード・トーンとも短9度音程をつくらないことです。強烈な不協和音のひとつである短9度音程を含む音程はいくつかの例外を除いて禁則とされていますが、この「レ♯」はその例外が及びません。

3つ目の理由。これは、メロディ「レ♯」とVIm7(♭5)のコード・トーンの1度、3度、5度がつくるディミニッシュ・コードが、結果的にパッシング・ディミニッシュのような効果のように響いているのでは、という見方です。あるいは、「レ♯」がコードトーンである「ミ」に解決シているということ。というのは、I'll Close My Eyes の13小節目でも書いたように(キーはメジャーで、しかもコードもダブル・ドミナントではありませんが)、ハーフ・ディミニッシュ・コードの長6度のままではコードとメロディに違和感を感じるからです。

さて、8小節目はそれほど問題ではありません。基本的にV7なのですが、ただし、V7sus4のサウンドとしてIIm7/Vと♭VImaj7/Vの2つがでてきます。

私は、sus4表記は原則として使いません。スケールの推測がしにくいこと、sus4を使わなくても分数コードで表記できるケースがほとんどなので独立したコードとみなしていないことが理由です。

それはともかく、IIm7/VはVから見てミクソリディアン(IIm7から見てドリアン)、♭VImaj7/VはVからみてフリジアン(♭VIからみてリディアン)です。前者は、同種メジャーからの借用、後者は、Dear Old Stockholmのヴァンプ部分と同じ響きです。