吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Beautiful Love の8小節目

この曲は、ほとんどのマイナー・キーの曲と同様、平行調と行ったり来たりしますが、8小節目は、7小節目の並行メジャーのトニック・メジャーから9小節目の元のキーのトニック・マイナーへ進行するところです。

よって、8小節目は9小節目Imへのトゥ・ファイブということで、IIm7(♭5)-V7 としてしまいがちです(マイナー・キー側を I として説明。以下同じ)。

この場合、通常であれば V7 には短9度のテンションを取りがちです。しかし、ストレート・メロディが2拍目から4分音符で階名「ミ・ファ♯・ソ♯」となっているため、少なくともテーマでストレート・メロディを前提とするのであれば、3拍目のV7で短9度(♭9)のテンションがメロディと衝突するため使えません。

この場合、小節前半もIIm7(♭5)を避けて IIm7 とするほうがよいだろうかという考えもよぎります。

さて、参考までに録音をいくつかチェックしてみましょう。

  • 1955年、Anita O'day/This Is Anita:テーマ、ソロともやや曖昧。ただ、ベースラインの1-3拍目は階名「ファ♯・シ・ミ」としているケースが多いので、 IIm7-V7 ということなのだろうか。ソロではV7に対して♭9の音をソロラインで弾いている(24小節目のピアノソロ)。
  • 1961年、Bill Evans/Explorations:テーマ、ソロともに、IIm7(♭5)-V7 。ただしメロディとの衝突はうまく回避している。
  • 1976年、Barney Kessel/Soaring:前テーマ(ギター・ソロ)は♭II7としている。ソロ以降、ベースとドラムが入ってからは、原則 IIm7(♭5)-V7 で、後テーマではメロディをフェイクしている。
  • 1986年、Jim Hall-Michel Petrucciani-Wayne Shorter/The Power Of Three:全体的にリハーモナイズしていて興味深いのだが、メロディを前の小節から2分音符とし、コードも7-8小節目を ♭IIImaj7-♭III7 | II7-V7 | としている。(♭III は並行メジャーの I )。ソロ中は、7小節目後半がVI7に変わることもある。
  • 1991年、Hank Jones/The Oracle:7-8小節目のコードを ♭IIImaj7-♭VImaj7 | IIm7-V7 |。ただしソロ中の8小節目前半は、IIm7(♭5) に変わることもある。
  • 1991年、McCoy Tyner/New York Reunionマッコイ・タイナーはテーマ中一貫して V7 としている。ソロ中は、IIm7(♭5)-V7 。
  • 1992年、Cedar Walton/Easy Does It:テーマ中はホーン・アレンジの都合もあってブレイク(コードなし)。ソロ中は、IIm7(♭5)-V7 。
  • 1997年、Putte Wickman/Interchange:原則 IIm7(♭5)-V7 でテーマ中はメロディがフェイクしてコードとの衝突を回避。

考え方としては、コードをストレート・メロディにあわせるか、それともコードを意識してテーマのメロディをコードと衝突しないように意識するかの大きく2つの方法があるようです。

いずれも、コードとメロディの関係を意識した演奏になっていることは間違いないと思います。

たしかに、ソロのことを考えると8小節目をストレート・メロディと衝突するからといって IIm7(♭5)-V7 を封じてしまうのは必ずしも現実的でないといえます。

それでもジム・ホールミシェル・ペトルチアーニ(この曲はデュオ)やハンク・ジョーンズのように、7小節目を工夫することで一貫して演奏している録音もあります。

Autumn Leavesの6小節目でもそうですが、マイナー・キーのドミナントでまれにそのキーのメロディック・マイナーのメロディが来ることがあり、私が関係コードとよんでいる IIm7(♭5) の扱いも含めて、リズム・セクションには非常に慎重な対応が求められます。日頃からストレート・メロディをきちんとおさえておくことが何よりも重要ということでしょう。

My Ideal の5-6小節目

なんてことはないのですが、譜面なしで演奏しているとどうすべきか迷うところ。

個人的には、

  1. IIm7-V7 | IIm7-V7 | (VIm7) として、4拍目に♯Vdim7 を入れようか?
  2. IIm7-V7 | VIIm7(♭5)-III7 |
  3. IIm7-V7 | IIm7 (IIm7/I) VIIm7(♭5) III7 |
  4. IIm7-V7 | IIm7 / V7 ♯Vdim7 |

のいずれかを想定します。

一番スムーズな動き(あくまで主観ですが)が 3. と 4. で、これらの2つと 1. はスケールも(ほぼ)共通しているので万一ピアノとベースがこのいずれかで解釈すればサウンドは破綻しません。また、もし相手が 2. の解釈をした場合は次のコーラスから対応できるという点で、とりあえず 3. か 4. を弾いておくかと判断するような気がします(その日の機嫌にもよりますが)。

音源をチェックしたところ、サンプルが少なかったこともあり、4. はありませんでした。

  • 1956年、Dinah Washington/In The Land Of Hi-Fi:1コーラス目は V7-IIm7 | V7-III7 | 、V7-IIm7 | IIm7 V7 VIIm7(♭5) III7 |
  • 1956年?、Art Tatum & Ben Webster Quartet:IIm7-V7 | IIm7 / V7 III7 | 、IIm7-V7 | IIm7-III7 | 、 IIm7-V7 | VIIm7(♭5)-III7 | 、IIm7-V7 | IIm7 / VIIm7(♭5) III7 | が混在している。おそらく譜面なしに演奏しているのだろう。
  • 1956年、Chet Baker Sings:V7-IIm7 | V7-III7 |
  • 1956年、Sonny Rollins/Tour de Force:IIm7-V7 | VIIm7(♭5)-III7 |
  • 1958年、John Coltrane/Bahia:基本的に、IIm7 | V7 / VIIm7(♭5)-III7 |
  • 1959年、Kenny Dorham/Quiet Kenny:IIm7-V7 | IIm7-V7 | が基本。
  • 1960年、Jimmy Heath/Really Big!:テーマは、IIm7 IIm7/I VIIm7(♭5) III7 | [ VIm7 VIIm7(♭5) III7 ] VIm7 ♭III7 | ([ ] は1拍3連。)ソロ中は、IIm7 IIm7/I VIIm7(♭5)-III7 | VIm7 |(VIm7 のクリシェはピアノの自己判断か?)。いずれもストレート・メロディにあわないようであう。
  • 1967年、Donald Byrd/Slow Drag:IIm7-V7 | VIIm7(♭5)-III7 |
  • 1975年、Sonny Criss/Out Of Nowhere:IIm7-V7 | IIm7 IIm7/I VIIm7(♭5) III7 |

大編成アレンジのジミー・ヒース以外は概ね想定内ですが、その次に特筆すべきは、V7-IIm7 | V7... でしょうか。4小節目の II7 も含め、特に2フィールの場合のベースの動きが合理的になります。考え方としてはやや古いのか時代を下るにつれて、他の楽曲も含めてこのような演奏は聞かなくなりますが個人的には興味深く、完全に捨て去るには惜しい気もします。

My One And Only Love の23-24小節目

AABA形式のブリッジ(セクションB)からセクションAに戻るところです。

ブリッジは長3度上のマイナー・キーに転調していると理解すればよいのだとは思いますが、ここは元のキーに戻るところなのであえて曲全体の(あるいはセクションAの)キーで表記します。

素直に演奏するならば、IIm7 | V7 | で演奏できるのですが、それまでハーモニーが2拍ずつ動かすこともできるので、ハーモニック・リズムの観点からもそれではややあっさりしすぎている気がしていろいろとバリエーションをつけたくなるところです。

音源をチェックしてみましょうか。

  • 1953年、Frank Sinatra:IIm7-♭VI7 | V7 |
  • 1955年、Ella Fitzgerald:IIm7 | V7 |
  • 1957年、Carmen McRae/By Special Request:IIm7-♭VI7 | IIm7-V7 |
  • 1957年、Horace Silver/The Styling Of Silver:IIm7-♭VI7 | IIm7/V-V7 |
  • 1957年、Pepper Adams Quintet:IIm7 / IIIm7(♭5) VI7 | IIm7-V7 |
  • 1961年、Doris Day-André Previn/Duet:IIm7 | ♭VI7-V7 |
  • 1962年、Grant Green/Born To Be Blue:IIm7 VI7 | IIm7-♭II7 |
  • 1963年、John Coltrane & Johnny Hartman:IIm7 | IIm7-V7 |
  • 1964年、Oscar Peterson/We Get Requests:IIm7-♭VI7 | ♭IImaj7 / IIm7 V7 |
  • 1965年、Nancy Wilson/Gentle Is My Love:VIIm7(♭5)-♭VII7 | ♭IIImaj7 ♭VImaj7 IIm7/V V7 |
  • 1968年、Chick Corea/Now He Sings, Now He Sobs:IIm7 / III7 VI7 | ♭VI7-V7 |
  • 1976年、Jim Hall/Commitment:IIm7-VI7 | IIm7-V7 | ただし、ソロ中は、IIm7 VI7 | IIm7 ♭VI7 IIm7/V V7 |
  • 1989年、Chet Baker/Let's Get Lost:IIm7 IIm7/I VIIm7(♭5) ♭VII7 | IIm7/VI ♭VI7 IIm7/V V7 |
  • 1995年、Josha Redman_Spirit of the Moment_Live at the Village Vanguard:IIm7-VI7 | IIm7-V7 |
  • 1996年、Ulf Wakenius/Enchanted Moments:IIm7 VI7 | ♭VI7 / IIm7/V V7 |

個人的に、ペッパー・アダムスの23小節目3拍目、階名「ファ」のメロディに対して IIIm7(♭5) というコードは感心しません。私の整理ではハーフ・ディミニッシュ・コードの短9度はアボイドで、そのような説明が多いと思いますが、たとえ、そのような説明を知らないとしても響きが気になるはずです。事実、チック・コリアは、III7という短9度をキャッチできるコードを選んでいます。

1960年代には挑戦的なハーモニーが目立ちます。当時の流行りだったのでしょうか。オスカー・ピーターソンはストレート・メロディにはあわないのですが思い切って一時的な転調をしていますし、ナンシー・ウィルソンもまた別のアプローチをしています。

全体的に見ると、IIm7 | V7 | を基本としつつも、♭VI7 や VI7、あるいはIIm7/V などをどう配置するかということろがそれぞれ好みということなのでしょう。メロディとの関係でいうなら、23小節目3拍目を VI7 とすればメロディが♭13 に来ますし♭VI7とすれば13に来ます。また、24小節目1拍目を♭VI7とすればメロディは♯11に来るわけですよね。

ジム・ホールのCommitmentのこの曲はトミー・フラナガンとのデュオです。ソロ中、コードが異なっていますが、仮にこれをあらかじめ譜面や口頭で打ち合わせせず、音のコミュニケーションだけで結果的にその場でリハーモナイズしたとしたら本当に素晴らしいことだと思います。個人的にはそれくらいアンテナ張ってお互いの音をキャッチしながら演奏すべきだと思いますし、そのような対応力を身につけるためにも、このような研究を少しずつでも積み重ねているところです。

Alone Together の33小節目

数え方を間違えていなければ、ブリッジの5小節目です。

曲全体としてはマイナー・キーですが、最初のセクションAの13小節目で同主調に転調し、またブリッジ後半は平行調に転調しています。

そのブリッジ前半は、大雑把に Vm7(♭5)-I7-IVm7―これは元のキー基準で書いています―となっています。これは、下属調に転調したとも、単にサブドミナント・マイナーに行っただけともどちらとも解釈できると思います。私はどちらかといえば前者かなと思いますが、ここは感じ方の問題です。

そして、35小節目(ブリッジの7小節目)が並行メジャーのトニックで、ブリッジの後半は並行メジャーに転調しています。そして、33-35小節目(ブリッジ5-7小節目)は、ブリッジ前半と対になる形で、35小節目の平行調のトニック・メジャーへのトゥ・ファイブ・ワンと転調しています。

大きくリハーモナイズしない限り、以上でめでたしめでたしとしてしまいがちなのですが、ある日、私の音楽的な良心(?)が待ったをかけました。33小節目(ブリッジ5小節目)の「トゥ」は、マイナー・セブンス・コードでよいのかと。

そこで改めて調べてみました。なお、コード表記は、一時的な転調先である並行メジャーを基準としています。

  • 1955年、Art Blakey and the Jazz Messeners / Live At Cafe Bohemia Vol. 1:IIm7(♭5)
  • 1955年、Miles Davis / Blue Mood:Im7-IV7(全体的にリハーモナイズをしていて、次の小節以降 IIm7-V7 | VIIm7-VIImmaj7 | VIIm7-III7 | と続く)
  • 1958年、Sonny Rollins / The Contemporary Leaders:IIm7(♭5)
  • 1959年、Chet Baker / Chet:IIm7(♭5)
  • 1959年、Kenny Dorham / Quiet Kenny:IIm7(♭5)
  • 1963年、Paul Desmond / Take Ten:テーマは IIm7(♭5) としているが、ソロはIIm7
  • 1972年、Jim Hall-Ron Carter / Alone Together:IIm7(♭5)
  • 1983年、Pepper Adams Conjuration Live at Fat Tuesday's Sesstion:IIm7(♭5)

ここは予想通りの結果となりました。大きくリハーモナイズしているものを除けば、IIm7ではなくIIm7(♭5)が大勢でした。 決め手となる階名「ラ♭」(II に対する減5度)の音は34小節目のメロディに出てきますが、33小節目にはありません。したがって、理論的にはIIm7(♭5)でもIIm7でもどちらでもよいはずです。

しかし、IIm7(♭5)としている録音が圧倒的に多いのは、

  1. 29小節目(ブリッジ1小節目)のハーフ・ディミニッシュ・コードと対にしている。
  2. メロディ(特に次の小節の階名「ラ♭」)や歌詞との関係。

あたりが理由でしょう。

メジャー・キーで、あるいはメジャー・キーの文脈(一時的な転調)において、いわゆる「トゥ・ファイブ・ワン」の「トゥ」は一般にIIm7が使われるケースが多いことは事実です。しかし、この曲に限らず、IIm7(♭5)が使われるケースもそれなりにあるのも事実です。

反対に、マイナー・キーの「トゥ・ファイブ・ワン」の「トゥ」がIIm7のケースもあるわけですよね。

したがって、私は、いわゆる「メジャーのトゥ・ファイブ・ワン」(IIm7-V7-Imaj7)、「マイナーのトゥ・ファイブ・ワン」(IIm7(♭5)-V7-Im)といったいい方はもう少し慎重になるほうがよいと考えます。

少なくとも、初級者を卒業するあたりから、このレッテルづけをやめたほうがよいのではと思います。というのは、このレッテルによって、「判断して聴いてしまう」という弊害が出てくるからです。本来は聴いてから判断すべきでしょう? 特にこの曲のこの部分を無批判にマイナー・セブンス・コードで演奏していた私のような方は要注意だと思います。

My Ideal の13小節目

よく知っているつもりで、日頃メモリー(譜面なし)で演奏できている気になっていたが、実は理解・検討が不十分だったと反省した曲。

メロディが階名で「ミソシラソドドラ」と8分音符で動いています。後半2拍が、メジャー・キーにおけるいわゆる「サン・ロク」問題になっています。メジャー・キーの「サン・ロク」なので、無批判にIIIm7-VI7とやってしまいがちなのですが、メロディとの関係で本当にそれでよいのかという問題。

この曲の場合、「サン」も「ロク」も、マイナー・セブンス・コードでも、ドミナント・セブンス・コードのオルタードでも理論的には問題ありません。

さて、諸先輩方の解釈はいかに?

  • 1956年、Dinah Washington/In The Land Of Hi-Fi:I/V Idim7/V I/V VIm7
  • 1956年?、Art Tatum & Ben Webster Quartet:I/V Idim7/V I/V VIm7
  • 1956年、Chet Baker Sings:Imaj7 VII7 ♭VII7 VI7alt
  • 1956年、Sonny Rollins/Tour de Force:Imaj7 IV7 IIIm7 IVm7(ロリンズのソロのときはぐちゃっとしていて判別不能)。
  • 1958年、John Coltrane/Bahia:やや曖昧だが、I/V IVmaj7 IIIm7 VIm7 といったところか。
  • 1959年、Kenny Dorham/Quiet Kenny:Imaj7 ♭IIIdim7 IIIm7 VIm7
  • 1960年、Jimmy Heath/Really Big!:Imaj7 IV7 IIIm7 VIm7
  • 1967年、Donald Byrd/Slow Drag:Imaj7 IVm7 III7alt VI7alt
  • 1975年、Sonny Criss/Out Of Nowhere:Imaj7 [♯IVm7(♭5) VII7] ♭VII7 VI7alt |([ ]=2拍目)

ダイナ・ワシントンやテイタム&ウェブスターの進行は個人的には好きでした。ケース・スタディをやっていながらいつも詰めの甘い私のような人間には、思いつくようで思いつかないです。

3拍目・4拍目を「サン・ロク」としている録音に限れば、IIIm7-VIm7 と III7alt-VI7alt が拮抗していました。 チェット・ベイカーソニー・クリスのように、♭VII7-VI7もこの仲間でしょうか。1拍目から半音下行進行していて美しいのですが、この流れでVI7altは、理論的に問題なくてもちょっと違和感が残るのはあくまでも個人的な感じ方の問題なのでしょうか。もしそうでないとしたらどのように説明ができるのでしょうか。

III7alt-VIm7としている録音は、私があたってみた限りではありませんでした。

2拍目に IV7 が好まれるのはメロディが♯11に相当するからでしょうか。Imaj7-IIm7-IIIm7 か Imaj7-IV7-IIIm7 かで悩んだときは、このあたりが決め手になるでしょう。逆にメロディに階名「ミ」が来たなら、IV7は使えずIVmaj7ということになりますが、それくらいならIIm7の9度にしたほうが収まりがよいという気もします。これも例外ありそうですけれども。

Just Friends の7-8小節目

この曲を知っているようで知らないと反省したのは、ここのコード進行を問われて即答できなかったときです。

市販の曲集では♭IIIm7 | ♭VI7 | とでも書いてあるのか、ジャム・セッションではそのように演奏するケースが多いようです。

All The Things You Are の32小節目の記事にも書きましたが、この♭IIIm7 | ♭VI7 | は、ジャズでは♭IIIdim7 の置き換えとして使われるケースが多いです。まだ記事にしていませんが、他にもBody And Soul の8小節目もおそらくそのような例が見つかるかと思います。

♭IIIm7 | ♭VI7 |(♭IIIドリアン/♭VIミクソリディアン)と♭IIIdim7(♭III全音-半音ディミニッシュ)は、共通音がかなり限定(階名でド、ミ♭、ファ、ソ♭、ラ♭の5音)されていて、共通のスケールを持っていないにもかかわらず、ストレート・メロディに反してまで置き換えられる傾向があることはすでに説明したとおりです。

この曲の場合は、メロディが階名ソ♭のため、♭IIIm7 | ♭VI7 | と♭IIIdim7共通音になっているため、どちらで演奏してもよく、実際にどちらの演奏も見つかりました。

ただ、♭IIIdim7 だったものが、♭IIIm7 | ♭VI7 | に変化したのかなと予測をたてていたのですが、音源にあたってみると見事に外れました。

  • 1949年、Charlie Parker with Strings:♭VI7 | ♭VI7 |
  • 1955年、Chet Baker Sings and Plays:♭VI7 | ♭VI7 | 。コーラスによっては、♭IIIm7 | ♭VI7 |
  • 1959年、John Coltrane/Coltrane Time:特定不能。ソロラインなどからC7か。
  • 1959年、Frank Sinatra/No One Cares:♭VI7 | ♭VI7 |
  • 1959年、Paul Chambers/Go:♭VI7 | ♭VI7 | 、♭IIIm7 | ♭VI7 | 、♭IIIm7 | ♭IIIm7 | などが混在か。
  • 1963年、Sonny Rollins-Coleman Hawkins/Sonny Meets Hawk:やや曖昧だが、ピアノから♭IIIm7 | ♭IIIm7 | か。
  • 1973年、Barney Kessel:♭IIIm7 | ♭VI7 | か。
  • 1975年、Dexter Gordon:♭IIIdim7 | ♭IIIdim7 |
  • 1981年、Sarah Vaughan + Count Basie Orchestra:♭VI7 | ♭VI7 |
  • 1986年、Rob McConnell-Mel Torme:♭IIIm7 | ♭VI7 |
  • 1991年、Oscar Peterson Meets Roy Hargrove and Ralph Moore:♭IIIdim7 | ♭IIIdim7 |

もちろん、サンプルが少ないので楽曲研究としては精度に欠くことは認めます。ただ、調べた範囲では、♭VI7 | ♭VI7 |(≒♭IIIm7 | ♭VI7 | )のほうが圧倒的に主流でした。

Dexter Gordonの1975年の録音のように、IVmaj7 | % | IVm6 | % | I/III | % | ♭IIIdim7 | % | IIm7... というベースが緩やかに下りてくるラインを想像していたのですが。

なお、Coltrane Time のこの小節が謎です。スタンダード・ナンバーなので譜面を見ずにやっていたのか、それとも事前打ち合わせが不十分だったのか、原因は不明ながらリズム・セクションのコードの解釈がなんだか曖昧です。ただ、管楽器のソロラインを聞くと、II7に対してミクソリディアンやミクソリディアン♯4、あるいはホール・トーン・スケールに基づくソロが展開されているので、ここはII7と推定してよいのではと思います。

メジャー・キーのII7 と ♭IIIdim7(すなわちトニック・ディミニッシュ)にも、スケールが完全に一致しないので、あまり深い関係がないとみなす人もいるかもしれませんが、こんにちトニック・ディミニッシュで演奏されることがある 'S Wonderful の27-28小節目を、クラシック系のアレンジで II7 で演奏している音源を耳にしたことがあるので、オリジナルはそうなのではと推測しています。

ディミニッシュ・コードは、ドミナント・セブンス・コードのルートを省略して♭9を足して作ることができます。したがって、トニックディミニッシュは、II7、IV7、♭VI7、VII7と関係があります。

このうち、VII7 は、半音全音ディミニッシュが使われてトニック・ディミニッシュ代理として使われることはよく知られていますが、この記事では♭VI7とII7が登場しました。IV7について私は現時点でトニック・ディミニッシュと関係が深いと思われる事例を認知できていません。これも、もう少し時間をかけて調査してみたいと思います。

Everything Happens To Me の6小節目

特になんだというわけでもないかもしれないのですが、ちょっと思うところがあるので記事にしてみました。

  • 1940年、Tommy Dorsey楽団とFrank Sinatraによる初録音:IIIm7-VI7
  • 1949年、Charlie Parker with Strings:IIIm7-VI7
  • 1950年代、Bud Powell:Imaj7-VIm7
  • 1955年、Billie Holiday / Lady Sings The Blues:IIIm7-VI7(3拍目、ベーシストは♭IIIを弾いていることが多いが、ピアノは明らかにVI7)
  • 1956年、Stan Getz In Stockholm:IIIm7-VI7(3拍目はやや曖昧)
  • 1957年、Ella Fitzgerald / Like Someone in Love:IIIm7 / IIIm7/VI VI7
  • 1959年、Thelonious Monk / Alone in San Francisco:VIm7-II7
  • 1963年、Bill Evans / Trio '64:IIIm7-VI7
  • 1963年、Sonny Rollins / Live in Paris 1963:IIIm7-VI7
  • 1973年、Duke Jordan / Flight to Denmark:IIIm7-♭IIIdim7
  • 1978年、Rosemary Clooney / Tribute to Billie Holiday:IIIm7-♭IIIdim7
  • 1987年、Chet Baker / Let's Get Lost:IIIm7-♭IIIdim7
  • 1993年、Charle Haden Quartet West / Always Say Goodbye:IIIm7-VI7
  • 1994年、Keith Jarrett / At the Blue Note:IIIm7-♭IIIdim7
  • 2006年、Barry Harris Trio / Live From New York! Vol. 1:IIIm7-VI7

調べる前は IIIm7-VI7 が多くて、次点が IIIm7-♭IIIdim7 かなと思っていましたが、ほぼ予想通りの結果となりました。後者は、私が調べた限り1970年代以降に多く見られましたが、なにかきっかけとなった録音があったのかどうかまではサンプルが少ないのでわかりません。

一人だけ異彩を放っているのはモンクの Alone In San Francisco でしょうか。これは、ぜひこの小節だけでなく、全体をご自身で採譜していただきたいと思います。モンクのプレイそのものがユニークですが、ピアニストでなくてもハーモニーセンスから学ぶことも非常に大きいと思います。どうしてこのような発想になるのか、偉大なことに加えて、どこまでも自由な精神の持ち主だったことがわかります。

この小節目の後半をVI7で演奏する場合に中止すべきことが一つあります。それは、メジャー・キーのVI7でありながら少なくともテーマ中では♭9のテンションが使えないことです。 なぜならば、メロディが階名「シ」で、これが長9度のテンションに相当するからです。

メジャー・キーにおける VI7 には、主にテンションが♭9+♭13となるケース(ハーモニック・マイナー・スケールの第5モードやオルタード)と、テンションが♮9+♮13となるケース(ミクソリディアンやミクソリディアン♯4)の両方があります。どちらかといえば前者のほうが多いような印象ですが、この曲のこの小節は後者にあたります。

特にピアニストやギタリストは、メロディに十分注意を払ってVI7(♭9)を演奏しないようにしていただきたいものです。目や記憶だけでなく、日頃から十分耳を使って演奏していれば避けられるものです。