吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Someone To Watch Over Me の17-20小節目

この曲のブリッジの前半です。

この曲を演奏する機会は少なくありません。特に歌手の人たちは様々な譜面を持ってくることが多く、なかには「おやっ」と思うものもありますが、なかには、一体何を聞いたらこんな譜面になるのか譜面の書き手の良識を問いたくなるようなものもあるにはあります(書き手は歌い手とは限らないでしょう。市販の譜面もあるかと思います)。

混乱したときは、音源にあたって冷静になってみるのが一番です。

  • 1944年、Billy Butterfield with Margaret Whiting:IV/V | Idim7/V | IVm/V | I/V |
  • 1944年、Eddie Condon with Lee Wiley:IVmaj7 | IVmaj7 | IVm6 | Imaj7 |
  • 1945年、Frank Sinatra:IVmaj7 | IVmaj7 | IVm6 | I/III |
  • 1949年、Art Tatum:IVmaj7-IVm6 | I/III-♭IIIdim7 | IIm7 IIm7/V | Imaj7 |
  • 1949年、Erroll Garner:1コーラス目は、IVmaj7 | IVmaj7 | IVmaj7-VII7 | Imaj7 | 、2コーラス目は、IVmaj7-VIm7 | IIm7-IIm7/I | IVmaj7-♭VII7 | Imaj7 |
  • 1959年、Blossom Dearie/My Gentleman Friend:IVmaj7 | IVmaj7 | ♯IVdim7-VII7 | Imaj7 |
  • 1959年、Ella Fitzgerald Sings The George And Ira Gershwin Song Book:IVmaj7 | IVmaj7 / / IVdim7| I/III / / III7 | IVm7 |
  • 1959年、Sarah Vaughan Sings George Gershwin:IVmaj7 | IVmaj7 | IVmaj7 | Imaj7 |
  • 1963年、Rosemary Clooney/Love:IVmaj7 | IVmaj7 / IIm7 V7 | Imaj7 / / III7 | VIm7 |
  • 1964年、Chet Baker Sings And Plays:前テーマは IVmaj7-Vm7 | VIm7-IIm7 | ♯IIdim7 | I/III / VIm7 VIm7/V | 、後テーマは転調後 IVmaj7 / Vm7 ♯Vdim7 | VIm7/ IIm7 IIm7/I | VII7-III7 | VIm7-VIm7/V 。いずれもストレート・メロディに対してやや強引な箇所がある。
  • 1977年、Doug Raney/Introducing Doug Raney:IVmaj7 | IVmaj7 | IVm6-♭VII7 | Imaj7 |

サンプルが少ないせいか、さほどバリエーションはありませんでした。

大きな傾向として、20小節目をImaj7とするかIVm7とするかで方針が決まると思います。もう一つ、ハーモニック・リズムの視点から、1小節あるいはそれ以上の単位でコードを捉えるか、もう少し細かな動きをするか、でしょうか。

なかには、ストレート・メロディとの関係から疑問なリハーモニゼーションもありました。例えば、Chet Bakerのアレンジャーは、一体どんな状況で仕事をしたのか尋ねてみたいです。

こまかなところでは、Eroll GarnerやDoug Raneyの19小節目の後半の♭VII7は、一見サブドミナント・マイナーの代理でよさそうなのですが、メロディと衝突するといえなくもありません。これがIVm6のままとどめておけばさほど気にはならないのですが。もっとも、♭VII7としてもメロディ階名シは弱拍の4泊目なので十分許容範囲と考える人もいるでしょうし、メロディの歌い方次第では気にならないでしょう。

1-2小節目をIVmaj7 のままとしている録音もありました。ただ、リズム・セクションのプレイヤーとしては、ゆっくりなテンポで同じコードが2小節続くことを嫌って1-2小節目に異なるコードをつけようとする傾向があるようです。もちろん、よりよい選択をしようとする姿勢としてはとても良いことなのですが、同じコードが続くと持たない、という自らの演奏技量を棚に上げているとしたら問題なような気もします。ブリッジ前半にあたる17-20小節目のコードの動き、ルート(ベース音)の動きをなるべく小さくしておいて、ブリッジ後半で劇的な変化(というほどでもないですが、相対的に見て)をもたらすという意図も読み取った上でぜひ判断したいと個人的には考えます。

Old Folks の4小節目

私が「メジャー・キーのサン・ロク問題」と呼んでいる議論。

この曲に関しては、IIIm7-VI7かIIIm7(♭5)かIII7-VI7かという議論で、加えて、この曲には当てはまらないが、中にはIII7-VIm7(一例として、記事にした I Should Lose You の28小節目がありますが、これは並行マイナーのV7-Im7)ということもあるので、本当に注意が必要です。

メロディと、コード・トーンや対応するスケールが一致しないコードは原則として選択できないというのはよいとして、この曲の場合は、メロディが階名ミが伸ばされているので、いずれも問題ありません。つまりチョイスの問題です。

実際に音源を聞いてみるとどのコードも同じくらいよくきかれます。

  • 1938年、Larry Clinton 楽団(歌、Bea Wein)、おそらくこの曲の初録音:Imaj7
  • 1950年代前半、Charlie Parker のVerve 盤(歌のコーラス有):IIIm7(♭5)-VI7
  • 1957年、Lou Donaldson/Wailing With Lou:IIIm7-VI7
  • 1957年、Jackie McLean/McLean's Scene:IIIm7(♭5)-VI7 と IIIm7-VI7 が混在。
  • 1958年、Wes Montgomery:III7-VI7
  • 1959年、Kenny Dorham/Quiet Kenny:前テーマでは一貫して IIIm7(♭5)-VI7 だが、以後は、IIIm7-VI7、III7-VI7も混在。
  • 1959年、Max Roach:ピアノやギターがいないので判別不能で、ソロやベースから IIIm7(♭5)-VI7 か IIIm7-VI7 と思ったが、一部III7-VI7 に基づくソロラインもあり。
  • 1960年、Jimmy Smith/Open House Plain Talk:IIIm7-VI7
  • 1961年、Miles Davis/Someday My Prince Will Come:III7-VI7
  • 1962年、Oscar Peterson/Live at the London House:III7-VI7
  • 1974年、Dexter Gordon/The Apartment:IIIm7-VI7
  • 1980年、Ernestine Anderson/Never Make Your Move Too Soon:基本的に、IIIm7-VI7だが、ソロと後テーマで III7-VI7が聞かれる。
  • 1996年、Ulf Wakenius/Enchanted Moments:III7-VI7

古い録音ほど、IIIm7(♭5)</sup-VI7が多く、新しいほどIII7-VI7が好まれるという傾向はありそうです。

私の仮説なのですが、メジャー・キーにおける、II某、III某、VI某において、マイナー・セブンス・コード、ハーフ・ディミニッシュ・コード、ドミナント・セブンス・コードの選択に迷ったとき、メロディがそれぞれのルートの場合は、モダンになればなるほどドミナント・セブンス・コードが好まれるように感じます。もちろん、例外はありますし、文脈にもよるので一概にはいえないのですが。

それから、演奏するながれで、一貫して一つのコードを守るべきなのか、それとも、変更して構わないかという問題もあります。これもテンポや演奏スタイルの問題があるでしょう。例えば、ビッグ・バンドや2管以上のコンボでホーン・アレンジとの関係からそもそもリズム・セクションが勝手に変更できないという場面はあるでしょうし、ソロイストのラインと矛盾するコードを伴奏のリズム・セクションが勝手に弾くのもいけないと思います。

でも、リズム・セクションがソロイストに対して別のコードを提案してはいけないかといえばそんなことはないわけです。お互いの音をききあっているか、リスペクトがあるか、ということが重要であって、もっといえば、相手(特にソロイスト)が不快に思ったりフラストレーションを感じたりしているのに、構わず演奏するピアニスト、ギタリスト、ベーシストというのはデリカシーを欠いているのかなと個人的には考えます。

All Of Me の3-14小節目

ジャズで取り上げる曲は、民謡やクラシック音楽をもとにした曲を別にすれば、概ね1920年代以降に作られた曲がほとんどです。

この時代になると、純粋なマイナー・キーの曲はごくわずかで99%くらいの曲が平行調同主調のメジャー・キーに一時的に転調します。私が調べた範囲では、ジャズの演奏で取り上げられる曲のうち、平行調同主調のメジャー・キーに転調しない純粋なマイナー・キーの曲は、マイナー・ブルースと、「素敵なあなた」の邦題で知られる Bei Mir Bist Du Schön くらいではないかと思います。調べ方が甘い、とお叱りを受けるかもしれませんが、ぜひご自身でマイナー・キーの曲をあたっていただければ、例えば Summertime のように1コーラスが短いシンプルな曲であっても一時的に並行メジャーに転調する曲がほとんどであることが実感できるかと思います。確かにジャズ・オリジナルを中心にもう少し丁寧に探すと純粋なマイナー・キーの曲がもう少し見つかりそうなので、ご指摘はごもっともなのですが。

さて、All Of Me はメジャー・キーの曲です。一見したところ、ほとんど転調していないように思われます。

しかし、見方によっては平行調のマイナー・キーに転調していると解釈することもできるのです。特に3-14小節目は、ピボットも含めてマイナー・キーのコンテクストで解釈するほうが自然な感じさえします。

細かな差異はあるとしても、この曲の前半のコード進行は概ね以下のようになると思われます。

(1) Cmaj7Cmaj7E7E7
C: Imaj7
(トニック・メジャー)
Imaj7
(同前)
Am: V7(ドミナントV7(同前)
(5) A7A7Dm7Dm7
C:
Am: I7
IVへのドミナント
I7
(同前)
IVm7
サブドミナント・マイナー)
IVm7
(同前)
(9) E7E7Am7Am7
C:
Am: V7
ドミナント
V7
(同前)
Im7
(トニック・マイナー)
Im7
(同前)
(13) D7D7Dm7G7
C: II7
(ダブル・ドミナント
II7
(同前)
IIm7
(V7の関係コード)
V7
ドミナント
Am: IV7
(トニック・マイナー代理)
IV7
(同前)

この曲を使って12キーの練習をしていたのですが、なぜこの曲が難しく感じました。なぜだろうと、その理由を考えていたら、この曲の前半の大部分がマイナー・キーの文脈で捉えることができるからではないかと気づきました。私は、特にシャープ系のマイナー・キーが苦手なのです。

ヒントになったのが、7-8小節目と11-12小節目の2つのマイナー・コードです。何気なく演奏するこの曲ですが、よく考えると、平行調サブドミナント・マイナーとトニック・マイナーに相当します。

例えば、7-8小節目は、メジャー・キーのコンテクストでみると IIm7 です。確かにダイアトニック・コードで、直後に V7 に近いコードはないのでドミナントV7に先行する関係コードではなく(9小節目を VIIm7(♭5)としてもこれは10小節目のE7の関係コードであってドミナント代理と解釈するには無理があるだろう)、かといって、サブドミナント・メジャー代理と考えるにも釈然としないものがあります。

11-12小節目も同様で、メジャー・キーの文脈におけるトニック・メジャー代理でもサブドミナント・メジャー代理でもどちらともいえません(強いて決めろというなら前者だと思いますが)。

しかし、これらをマイナー・キーの文脈で考えると、それぞれに前置されるドミナント・セブンス・セブンスコードは、サブドミナントへのセカンダリドミナント I7 とドミナント V7 になり、さらに、3-4小節目も、ドミナント(これは、サブドミナントへのセカンダリドミナント I7 へのドミナントであるけれども)と解釈できます。

さらに、13-14小節目は、マイナー・キーのコンテクストでは IV7 ですが、これはトニック・マイナー代理です。Mas Que Nada の Im7 IV7 の繰り返しがともにトニック・マイナーであったり、Chelsea Bridgeの冒頭の Immaj7 をIV7に置き換えたりできることからも明らかでしょう。ドミナント・セブンス・コードでありながらドミナント機能を持たないものは、マイナー・コードの代理コードであるケースが少なくありません(ほかにもあります。例えばトニック・ディミニッシュ代理のVII7など)。

話がそれましたが、13-14小節目はマイナー・キーの文脈ではトニック・マイナー代理 IV7 で、これはメジャー・キーの文脈で見れば素直にダブル・ドミナント II7 ですからこれはピボットになっているのですね。

ちなみに、15小節目をマイナー・キーの文脈でサブドミナント・マイナーと解釈するのは個人的にやや無理があると判断しますが、そこは感じ方の問題ですから、そのように理解したとしても誤りとまでは言い切れないでしょう。

実際問題として、この曲の前半をマイナー・キーのコンテクストで把握することにどれだけ意味があるのか、といわれると、たいした意味はないということになるのかもしれません。しかし、私は、コード進行を多角的にみることには、難しい進行をきちんととらえることができたり、ちょっとしたリハーモナイズのヒントになったりと、様々な意義があると考えています。

面倒くさいと思うか、興味深いと考えるかは人それぞれだとは思うのですが、少なくとも All Of Me の12キーを練習することがマイナー・キーの苦手意識の克服に役立ちそうだということはいえるのではないかと思います。

Lover Man の7小節目

歌入りでこの曲を演奏したときに、そういえばこの部分のコードはどうなっているのだという話になったことがありました。

気になったので改めて調べてみました。

  • 1944年、Billie Holiday(Decca盤):♭VI7-V7
  • 1946年、Charlie Parker(Dial盤):♭IIIm7 ♭VI7 IIm7(♭5) V7
  • 1949年、Django Reinghardt/Djangology:♭VI7-V7
  • 1953年、Lee Konitz Plays with the Gerry Mulligan Quartet:非常に曖昧。ベースが終始変なラインを弾いていてあてにならない(曲をきちんと覚えていなかったのだろうか)。
  • 1954年、Stan Kenton:♭VII7 ♭VI7 V7 /
  • 1954年、J. J. Johnson/The Eminent Vol. 1:♭IIIm7 ♭VI7 IIm7(♭5) V7
  • 1957年、Cannonball Adderley/Enroute:♭VI7-V7
  • 1957年、Sarah Vaughan/Swingin' Easy:♭VI7-V7
  • 1962年、Count Basie/Sarah Vaughan:冒頭はIIm7(♭5) / / V7 のように聞こえるが、それより先(15小節目、31小節目)は、♭IIIm7 ♭VI7 IIm7(♭5) V7。
  • 1963年、Sonny Stitt-Coleman Hawkins/Sonny meets Hawk!:おそらく譜面を見ずにやっているのだと思うので厳密に特定できないが、おおむね ♭VI7 / IIm7(♭5) V7 と思われる。
  • 1969年、Bill Evans-Jeremy Steig/What's New:II7alt-V7。ちなみに、6小節目を VI7 / III7 ♭III7 としているのを聞き逃してはならない。
  • 1975 年、Duke Jordan/Lover Man:IIm7(♭5)/♭VI-V7 か。
  • 1982年、Art Pepper-George Cables/Goin' Home:Imaj7 / IIm7 ♯IIdim7
  • 1985年、Cedar Walton/The Trio Vol. 1:テーマのときは ♭IIIm7 ♭VI7 II7alt V7 だが、ソロ中の3拍目はIIm7(♭5)やIIm7としているようだ。なお、6小節目は、♭VII7-♭III7。

1拍ずつ動くアイディアはすでにチャーリー・パーカーが1940年代に行っていて、これを踏襲した録音も多いのですが、メロディに対しては、♭VI7-V7 とするのが自然というか素直というか、特に歌の場合は結果的にメロディをなぞることになるので歌いやすいのかもしれません。

ビル・エヴァンスとジェレミー・スタイグのハーモニーは、2人の演奏スタイルにとてもマッチしています。ちなみに、メジャー・キーの II7 は、原則として♭9や♭13になることはないのですが、ブルージーな場面(例えば Gee Baby, Ain't I Good To You の3小節目前半)やトニック・マイナーへの進行を疑わせるような場面では使われることがあります。この曲の場合、後者にあたるのですが、メロディも II7alt に即したものになっているのでこれ一択になるでしょう。

Black Nile の17-18小節目

この曲の14-16小節目についてはすでに記事にしていて、ジャズ・オリジナルなのだからまずはショーターの演奏を聞こうよという内容でしたが、今回は、オリジナルを踏まえた上で、カバーの再解釈も悪くないよね、という内容です。

今回扱うのは、AABA形式のブリッジ部分、すなわちセクションBの1-2小節目で、同じセクションの5-6小節目(コーラス全体の21-22小節目)も同様です。

まず、ショーターのオリジナル(1964年録音のアルバム Night Dreamer)を聴いてみましょう。ジャズ・オリジナルなので実音で書きますが、この部分は、Gm7 | C7 | となっていて特にリズム・セクションのいわゆるキメは控えめです。ドラムが、メロディに対するレスポンスにあたるプレイをし、またピアノは2拍目ウラでコードを弾いていますが、ベースは基本的にウォーキングしています。

  • 1988年、Fred Hersch/E. T. C. :Gm7 A♭7 | C7 G♭7 | で、いわゆる「キメ」もある。ただし、21-22小節目は Gm7 A♭7 | Gm7 G♭7 | 。最初はベーシストの「事故」かと思ったが後テーマでも同様にやっているので意図的なアレンジか。ちなみに、ソロ中は、ショーター同様、Gm7 | C7 | としている。
  • 1991年、Jeff Watts/Megawatts:Gm7 D7alt | Gm7 C7 | で特に「キメ」はない。ソロ中は曖昧だが、いちおうこのコードでやっている。
  • 1993年?、Joey Calderazzo/The Traveller:Gm7 | C7 | で「キメ」なし。
  • 1993年、Vennessa Rubin/Black Nile:歌入りなのでキーが異なるが、オリジナル・キーに移調して書くと、Gm7 A♭7 | C7 G♭7 | で「キメ」あり。ただし、21-22はGm7 A♭7 | Gm7 G♭7 |
  • 1995年、Joey Defrancesco:Gm7 A♭7 | C7 G♭7 | で「キメ」あり。
  • 2007年、Rob Parton/Just One Of Those Things:Gm7 | C7 | でリズム・セクションの「キメ」なし。

だいたいこんな感じです。いわゆる「キメ」をやるのかやらないのか、ということもありますが、もし「キメ」をやるのであれば、コードに動きがあったほうがよいので、Gm7 A♭7 | Gm7 C7(またはG♭7) | というような動きは自然だし、また、このコードは、仮に「キメ」をやらないにしてもリハーモニゼーションとして、好みの問題はあるにせよ、よいアイディアだと個人的には考えます。

さて、この曲のキーはDマイナーで、ブリッジは平行調のFメジャーに転調していると考えることができますが、冒頭のGm7は、FメジャーのIIIm7であるにも関わらずドリアンなんですよね。だから、この曲の演奏に慣れるまでは、調性を見失いそうになっていたのは私だけでしょうか。Gm7 がなんとなく IIm7 か何か(そういう自覚さえなかったかも)に感じて、いきなり 20小節目のFmaj7に行こうとしたときに戸惑った覚えがあります。

Someone To Watch Over Me の21-24小節目

この曲は全体的にコードのバリエーションがたくさんあって迷います。でも、あまり迷わない後半について書いてみようと思います。

たまに歌手の人と演奏すると、♯IVm7(♭5)-VII7 | ♯IVm7(♭5)-VII7 | IIIm7 VI7 | IIm7 V7 | のようなコードのついた譜面を渡されることがあります。確かに21小節目と22小節目は「ほぼ」同じメロディの繰り返しですから、同じコードの反復になっていても辻褄はあうのですが、どうも自分の記憶と照らし合わせると違和感があったのです。

というわけで、きいてみましょうか。

  • 1944年、Billy Butterfield with Margaret Whiting:♯IVm7(♭5)-VII7 | III7 | VI7 | IIm7-V7 |
  • 1944年、Eddie Condon with Lee Wiley:VII7 | III7 | VI7 | IIm7-V7 |
  • 1945年、Frank Sinatra:♯IVm7(♭5)-VII7 | III7 | VImaj7-VI7 | II7-V7 |(ただし2コーラス目の21小節目は VII7)
  • 1949年、Art Tatum:♯IVm7(♭5) | IV7-VII7 | IIImaj7 ♭VI7 ♭IImaj7 / | IIm7 V7 | ただし、23小節目はストレートメロディにあわない。
  • 1949年、Erroll Garner:VII7 | III7-♭VII7 | VI7 | IIm7(♭5)-V7 |
  • 1959年、Blossom Dearie/My Gentleman Friend:♯IVm7(♭5)-VII7 | VIIm7/III-III7 | IIIm7/VI-VI7 | II7-V7 |
  • 1959年、Ella Fitzgerald Sings The George And Ira Gershwin Song Book:VII7 | III7 | VI7 | IIm7 / IIm7/V V7 |
  • 1959年、Sarah Vaughan Sings George Gershwin:VII7 | III7 | VI7 | II7-V7 |
  • 1963年、Rosemary Clooney/Love:VII7 | III7 | VImaj7 | IIm7-V7 |
  • 1964年、Chet Baker Sings And Plays:♯IVm7(♭5)-VII7 | ♯IVm7(♭5) / III7 III7/II | VI/I♯-VIIm7 | Vm6/♭VII VI7 IVmmaj7/♭VI V7 | か?
  • 1977年、Doug Raney/Introducing Doug Raney:♯IVm7(♭5)-IV7 | III7 | VI7 | IIm7-V7 |

細かな違いはありますが、いくつかの例外を除いて大枠は一緒で、VII7 | III7 | VI7 | IIm7(またはII7)-V7 | という流れが大半です。

21小節目は、VII7 に対して関係コード(と私が呼んでいる)のハーフ・ディミニッシュを先行させて ♯IVm7(♭5)-VII7 とすることに私も異論はありません。ただ、それを22小節も同様に繰り返し演奏している例は見当たらなかったです。ひょっとしたら、もっと丁寧に探せばいくつか見つかる可能性はあります。しかし、それでも多数派とはいえないのではないでしょうか。

♯IVm7(♭5)-VII7 | ♯IVm7(♭5)-VII7 | IIIm7 VI7 | IIm7 V7 | といコードは理論的に誤りではありません。メロディとも整合性があります。

しかし、なんとなく安直に(広義の)「トゥ・ファイブ」でつないだだけ、という印象が拭えません。少なくとも私にとっては。

たとえば、23小節目の IIIm7 は III7 を選択肢に入らなかったのでしょうか。21小節目の4拍目の音は III の長3度上に相当していることを見落としたのでしょうか。

ちなみに、23小節目を VImaj7 としている録音をきくたびに私は少し嬉しくなるのです。ここであえて、メジャー・コードを使うということは一種の転調ということだと思いますが、私も以前、ここをこのキーに転調するアレンジを書いたことがあります。21-24小節目を、私は次のようなコードをつけました。

♯IVm7(♭5)-VII7 | III7 III7/II | ♯Im7 ♯Vm7 | IIm7 V7 |

23小節目を平行調同主調である VIメジャーに転調しているとすると、22-23小節目は、V7 V7/IV | IIIm7 VIm7 | と書けます。そして、23小節目のルートの動きは24小節目の半音下になっていて、スムーズに元のキーに戻っています。もちろん、23小節目の2つのマイナー・セブンス・コードは、どちらも VImaj7 をトニック・メジャーとしたときのトニック・メジャー代理にあたります。この曲の雰囲気にもマッチしていると思うのですがどうでしょうか。

Catwalk の1-2小節目

あまり演奏しない曲なのでタイトルをみてもピンとこない方も少なくないかと思いますが、有名なマル・ウォルドロンのアルバム Left Alone (1960年)の2曲目です。

何年か前になりますが、この曲を久しぶりに聴いたとき冒頭2小節の進行について気づいたことがあったので、それを記事にしてみようと思います。

キーはDマイナーで冒頭は、Im7-♭VImaj7 | II7-V7 | です。ピアノが必ずしもコードを明確に弾いていないのですが、この曲はAABA形式であって、ソロもたっぷりやってくれているので、それぞれのAセクションの冒頭2小節を、ピアノのコンピング、ベースライン、ソロラインなどを聞いて判断するとこのようになると考えてよいでしょう。

これ、マイナー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ」なのですが、少し珍しいと思いませんか。

まず、メジャー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ」から復習してみましょうか。

私の理解では、メジャー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ・イチ」は、Imaj7-V7-Imaj7 が変化したものだと考えます。

  1. Imaj7 | V7 | Imaj7 |トニック・メジャー-ドミナント・トニック・メジャー)
  2. Imaj7 | IIm7-V7 | Imaj7 |(V7が、(狭義の)「トゥ・ファイブ」に変化)
  3. Imaj7-VIm7| IIm7-V7 | Imaj7 | (冒頭のImaj7 の後半がトニック・メジャー代理のVIm7に変化)

この後、VIm7がVI7に変化したり、あるいは、IIm7ではなくII7が使われたり、あるいは、「イチ・ロク・ニ・ゴ」繰り返されるときには、2回目の冒頭の Imaj7 が IIIm7 に変化したりと、さらに変化することがありますが、大まかな流れは以上のような感じです。

ちなみに、IIm7-V7 の IIm7 を「サブドミナント(・メジャー)」と説明する理論書があります。これについて、私は誤りではないけれども、現場感覚としては、サブドミナント・メジャーを持ち出したのではなく、単にドミナントを拡張しただけであり、「IIm7-V7」全体を機能としてのドミナントと考えるほうが自然だと思います。ただし、文脈にもよりますが。

さて、話をマイナー・キーに戻します。

メジャー・キーの「イチ・ロク・ニ・ゴ(・イチ)」と同様のことは、マイナー・キーでも行われます。

  1. Im | V7 | Im | (トニック・マイナー-ドミナント-トニック・マイナー)
  2. Im | IIm7(♭5)-V7 | Im | (V7が、(狭義の)「トゥ・ファイブ」に変化)
  3. Im6-IVm7(♭5) | IIm7(♭5)-V7 | Im | (冒頭の Im の後半がトニック・マイナー代理のVIm7(♭5)に変化)

Softly, As In A Morning Sunrise のセクションAを想定したらよいと思うのですが、大まかにこのような流れになると思います。もちろん、IIm7(♭5) が II7 に変化したり(Catwalk 2小節目も同様)、あるいはさらにそのトライトーン代理である ♭VI7 が好まれたりと、さらに発展することがあることはいうまでもないことです。

ここで注目していただきたいのは、3. の段階の1小節目です。2. まであえて「Im」(これは、Im7 と Im6 ≒ Immaj7 の両方の可能性を残した私の書き方)と表記していたのが、Im6 に変化しています。これは、うっかりではなく、あえてこのようにかき分けています。

というのは、3. の1小節目のトニック・マイナーとその代理コードでは、一貫して、キーのメロディック・マイナーが使われるケースが多いからです。Im6 に対しては、メロディック・マイナー・スケール(の第1モード)、そして、VIm7(♭5)に対してはメロディック・マイナー・スケールの第6モードであるロクリアン♯2が使われます。

トニック・マイナーに対しては、メロディック・マイナーのほかにナチュラル・マイナーを想定することもできるはずです。そのときに、「ロク」の部分を VIm7(♭5) とすると、この部分だけ、キーに対応するメロディック・マイナーに変化してしまいます。それがいけないということは決してないとは思うのですが、Catwalkの1小節目は、そのための解決法として、♭VImaj7 を使っています。

♭VImaj7 に対応するスケールはリディアンです。リディアンはメジャー・スケールの第4モードとして覚えている(暗記させられた?)人が少なくないかと思いますが、実は、ナチュラル・マイナー・スケールの第6モードでもあります。

Catwalk の、ブルース・フィーリングが抑制されたモノクロームな現代的響きは、メロディック・メジャー・スケールに対して不協和音程の少ないナチュラル・マイナー・スケールに基づいた1小節目に鍵があるのではないかと私は考えています。

それにしても、マイナー・キーの「イチ・ロク(・ニ・ゴ)」の「ロク」の部分が ♭VImaj7 になっている曲や演奏はなかなか遭遇したことがないように思います。ほかになにかそのような事例をご存知の方、よろしければご教示いただければと思います。