吉岡直樹のジャズ・スタンダード研究

ジャズ・スタンダードについてひたすら書きます。

Everything Happens To Me の5小節目

私がいつも演奏していて首を傾げるところです。

曲集には、IIm7 / IVm6 ♭VII7 とか書いているんですよね、きっと。あるいは、IIm7 / IVm7 ♭VII7 かもしれない。でも、そういうレコードって聴いたことありますか。

ここのメロディは、すべて8分音符で階名「ソソソラファラ♭シド」(キーがB♭の場合、F-F-F-G-E♭-G♭-A-B♭)になっています。小節の前半、「ソソソラ」に対するIIm7(F-F-F-Gに対するCm7)、3拍目の「ファラ♭」に対するIVm7(E♭-G♭に対するE♭m7)は問題ないとしても、4拍目の「シド」に対する♭VII7(A-B♭に対するA♭7)はいただけないと思いませんか。「シ」は「ド」へのアプローチ・ノートですって? でもコードの変わるタイミングでその説明は苦しいのでは?

面倒臭がらずに、きちんとケース・スタディしてみましょ。

  • 1940年、Tommy Dorsey楽団とFrank Sinatraによる初録音:IIIdim7 IVm6(♭5)
  • 1949年、Charlie Parker with Strings:♯Idim7 IIm7(♭5)
  • 1950年代、Bud Powell:Vdim7/II / IVm6 ♭VII7 か?
  • 1955年、Billie Holiday / Lady Sings The Blues:♯Idim7 IIm7(♭5)
  • 1956年、Stan Getz In Stockholm:IIm7 V7
  • 1957年、Ella Fitzgerald / Like Someone in Love:♯Idim7 IIm7(♭5)
  • 1959年、Thelonious Monk / Alone in San Francisco:♯Idim7 IIm7(♭5)
  • 1963年、Bill Evans / Trio '64:IIm7 ♭VII7
  • 1963年、Sonny Rollins / Live in Paris 1963:♯Idim7 / IVm7 ♭VII7 か?
  • 1973年、Duke Jordan / Flight to Denmark:♯Idim7 / IIm7(♭5) IVm6
  • 1978年、Rosemary Clooney / Tribute to Billie Holiday:♯Idim7 / IIm7(♭5) IVm6
  • 1987年、Chet Baker / Let's Get Lost:♯Idim7 IIm7(♭5)
  • 1993年、Charle Haden Quartet West / Always Say Goodbye:IIm7 IVm6
  • 1994年、Keith Jarrett / At the Blue Note:♯Idim7/II / IVm6 ♭VII7
  • 2006年、Barry Harris Trio / Live From New York! Vol. 1:♯Idim7 / IIm7(♭5) V7

初録音がIIIdim7 IVm6、チャーリー・パーカーはそれぞれの転回形である、♯Idim7 IIm7(♭5)をつかっており、このあたりが下敷きになっていることがわかります。前半を、♯Idim7/II のようにするケースがあり、そうすると、後半をIVm6に逃げたくなるわけで、そうするとサブドミナント・マイナーの代理コード♭VII7を4拍目に後置したくなる、という流れも見えてきます。メロディも工夫次第ではなんとかクリアということになります。そして、♯Idim7/IIをIIm7(♭5)に変化させて、みなさんが持っている曲集(私は持っていないけど)のコードになったのだろうと推測。

この小節目のメロディ「ファラ♭シド」は、キーのハーモニック・メジャー・スケールのフラグメント(断片)なのだろうなと推測します。そういう意味では、1956年のスタン・ゲッツや2006年のバリー・ハリスのようなV7というのもかなり合理的な選択肢に思えてきます。

ちなみに、♯Idim7は、直前のII某へのドミナントIV7がそのまま残っていると解釈できます。そして、気分的にはII某なんだけど、ハーモニーの上部構造は前の小節のIV7を引きずっているのが、♯Idim7/II で、これはすなわち、VI7(♭9)/II のルート(VI)省略ということになります。ふつう、わざわざこのようなうるさい書き方はしませんが。

(2023年5月28日修正)